冥界のLSI(5)ALI、M6117 組み込み向けPC/ATシングルチップ

前回「1995年から1996年くらいにかけて実は何社かほぼ同時期にこれ(PC/AT互換のSoCプロセッサ)に取り組むのです」などと書きながらちょっと間が空いてしまいました。今回は、同時期のPC/AT互換SoCプロセッサ(何度も書きますがまだその時期にはSoCという言葉は一般的ではなかったのです)、ALI社のM6117をとりあげます。ALI社は、パソコンメーカのAcer社の子会社として出発しており、当時は Acer Laboratories Inc. が正式名称です。チップセット業界では「アリ」と呼ばれており、親会社のAcerに限らず、台湾のマザーボードメーカ各社にチップセットと供給していました。マザーボード用のチップセットだけでなく、グラフィクス、I/O、ストレージなどパソコン関係のチップセットをほとんど網羅するような台湾チップセット大手の一角であったのです。後にマザーボード向けのチップセットはインテルとAMDの寡占化が進み、ALIは本業であったパソコン用のチップセット部門を切り離して売却し(UMCに売ったのでULIという名になった)、組み込み市場に舵を切ることになります。M6117は、組み込み市場向けにALI社が初めてプロセッサコアまで集積したSoCプロセッサであったのです。

(「黄昏のSoC」改題)

まずは、その当時のALIのチップセット製品の状況を見てみましょう。IntelはPentiumという名でしたが、AMDはK5(5×86)という名で586世代のプロセッサを出していた時代です。それに伴いこの時代のチップセット各社は「586向け」のチップセットを出してきていたのですが、ここにマザーボード向けのチップセットメーカを脅かす暗い影が忍び寄ってきていたのです。

ノースブリッジとサウスブリッジの分離

PC/AT互換機の「古き良き時代」では、マザーボード上に必要なコンポーネントを全てワンチップ化したチップセットが主流となっていました。チップセットはCPUに接続し、DRAMを制御し、CPUバスをISAバスに変換し、I/Oなどを接続します。それが80486の時代になり、ISAバス(16ビットだったので32ビットバス幅の486の力を出し切れなくなっていた)では非力ということで新たなバスが登場してきました。VESAやPCI(現代のPCIの源流ではありますが、異なるバスです)などです。その上、

CPUの速度とメモリの速度のギャップが広がってきた

のです。オリジナルのPC/ATの80286は 6MHz で動作していました。80386をCPUとするPC/AT互換機(IBMは80386機はPS/2になってようやく出したので互換機メーカの方が80386の採用が早かった)で16MHz。Pentiumは66MHzでしたが、同時期に併売されていた後期の80486になると当時台頭してきたRISCに追いつくためもあって100MHzとクロック速度は急上昇していました。CPUの速度とメモリの速度のギャップを埋めるために、

486やPentiumのCPU内蔵キャッシュの外側にL2キャッシュが必要になってきた

のもこの時代です。当然チップセットにはこの制御が求められます。また、それまでの「非同期」だったDRAMの世界から、今につながる「同期型」のDRAMへと主記憶の制御も高度化します。またキャッシュとの併用によりDRAM側も64ビット幅など幅を広くとってバンド幅を確保する設計になって行きます。さらに、グラフィックコントローラとCPUが一つのDRAMを共用するUMA構造が普及帯のパソコンでは一般化してきます。このような流れから、折角ワンチップ化したチップセットを

PCIバスのところで2つに切り分ける

という発想が出てきました。CPUを上に、それに近いところが「ノースブリッジ」であり、SRAMつかったL2キャッシュやDRAMなどはこちらが制御します。またノースブリッジはシステムバスとしてのPCIバスを作り出します。その下側に「サウスブリッジ」というチップがつながり、当時はIDEが主体であったストレージ、普及を始めていたUSBとのインタフェース、そして過去の周辺装置などを取り付けるためのISAバスを作りだす、という構成が一般化しました。なぜこれがチップセットメーカを脅かす「暗い影か」といえば、ノースブリッジの主要部分はやがてCPUの内部に取り込まれていくことが見えてきてしまったからです。実際、現代のx86プロセッサの大多数は、メモリコントローラや主記憶を共用するグラフィクスなど皆集積してしまいSoCプロセッサといってもあながち間違いではない構成になっています。これにともないx86の「チップセット」はCPUメーカが「仕切る」形が出来上がっていくのです。サードベンダのチップセット・メーカが「外側に押し出される」兆候がこのころから出てきていたのです。そこで何か手を打たないと、という視点でパソコンから組み込みに目を向けるのはある意味自然だったのかもしれません。

しかし、幅広い製品群を持っていたALI社ですが、唯一肝心な回路を持っていませんでした。CPU本体です。これを供給したのは今は無き日本のx86互換メーカ、VMT社でした。80386SX互換のVM386SX+(同じクロック速度のインテルのオリジナルより15%ほど速いなどの拡張が+の所以です)がM6117のCPUコアの実体です。ALI社は、これと自社の

M1217Bチップセット

を一体化することでM6117を作ったのです。M1217Bは、「古き良き時代」の16ビットISAバスのPC/AT互換マザーボード回路をワンチップ化したチップセットです。その後、

ISAバスベースのボードコンピュータが細く長く組み込み市場で使われる

という状況が続きました。それもあって台湾や香港などの組み込み市場でM6117も細く長く使われたようです。つい最近まで売られていた形跡があったのですが、流石に今ではディスコンになっています。RIP…

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