連載小説 第12回
4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

ペンネーム    桜田ももえ

<これまでのあらすじ>上諏訪時計舎4年目、IC営業部の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。わけあって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを売っています。海外営業課アメリカ担当。海の向こうには気になる島工作君が赴任中。

 

 

 

第12話  アメリカの一流どころともビジネスし始めました!

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、文系ですが技術製品(半導体)を販売するIC営業部の海外営業レディです。私は同期の富夢まりお(トムマリオ)君とともにアメリカ担当になりました。トム君は名前の割に純ジャパです(笑)。ヒゲが結構似合っていて、何年か先には、スーパーマリオみたいだと、お昼の食堂で女の子たちに噂されるようになります。そこそこイケメンなので、まいっか。

その年1984年には、日経平均が初めて10,000円を超え、トヨタ自動車の売上げは5兆円を超え、バブルに向かって日本経済が突っ走っていました。一方で、宮崎駿監督による「風の谷のナウシカ」が世に出され、イケイケドンドン的な価値観とは対極的なテーマを世に問い始めたのもこの年です。

翌年には、いよいよ任天堂のファミコンにスーパーマリオブラザーズが登場し、大ヒットになります。我が社のマイコンは液晶表示用だったので、残念ながらファミコンには採用されませんでしたが。

当時の上諏訪時計舎はまだ半導体の製品ラインナップが貧弱だった頃で、アメリカ市場向けに立ち上げた現地法人SS-Systems Inc. が販売できる製品は少なく、大手半導体メーカーのようにはいきませんでした。しかし、日本や香港の市場で既に実績のあった4ビットマイコンやメロディICに加え、新たに開発したSRAMやROMなどのメモリー製品が売れ始めました。

それと、自社ブランドではないのですが、アメリカのファブレス半導体メーカーが開発設計した製品の受託製造を請負い始め、大きなボリュームを占めるようになっていきました。シリコンファンドリーと呼ばれるビジネスです。

当初、シリコンバレーのIC業界では、大手のIntelやAMDなど大規模な製造工場を持つ半導体メーカーが主流でしたが、1980年代からは、自分では製造工場は持たず、設計開発と販売だけを行うファブレスと呼ばれる半導体メーカーが沢山生まれていきました。NVIDIAやQualcommやBroadcomなどですね。巨大な資金を必要とする半導体製造工場を持たないので非常に身軽であり、新しいアイデアをどんどん具現化していくベンチャー企業が頻繁に生まれました。スピードとダイナミズムを重視するメーカー戦略がその後のシリコンバレーの主流になっていきます。

半導体製品に限らず、PCやスマートフォンなどについても多くの企業がファブレス化していったのはご存じの通りです。日本メーカーの垂直統合型と比較され、どちらに軍配が上がるか分析されるようになっていきます。それはもう少し先の話ですけどね。

その頃は、トム君が担当するファブレス半導体のお客様がアメリカから頻繁に訪れていました。老舗のFチャイルド社がやってくると聞いて、我々も相当なメーカーとお付き合い出来るようになってきたものだなあ、と感心した事を思い出します。その頃にはトム君の英語力も上達していて、ビジネスの事であれば、お客様と普通にお話出来るようになっていました。Fチャイルド社とのビジネスは成立しませんでしたが、FPGAの大手となるペケリンクス社とか、カラーテレビや赤白黄色の端子で知られるRC社など、世界的な大手メーカーとビジネスを行うようになりました。日本の半導体メーカーの多くは、ライバル関係にあたる米国半導体メーカーへのシリコンファンドリーやOEM供給については及び腰だったのに対して、後発の我が社は、まあ失うものもないので、ファンドリーやOEMの領域では結構頑張っていました。

「ねえ、トム君、来週はブラジルからもお客様が来るっていうじゃない。」

「そうなんだよ。南半球は初めてだよね」

「プレゼンの用意は大丈夫? まだだったら手伝おうか?」

「お、それは素晴らしいね、舞衣子。ちょっとRC社の方で忙しくて手が回ってなかったんだ。いいの?」

「うん、大丈夫だよ。毎日、寮で温泉入ってるからお肌つるつるだし」

「え、それ、関係する?」

「健康そのものって事よ」

「そっか。何か変なこと想像しそうになっちゃったぞ(笑)」

「なによ、それってセクハラだからね(笑)」

注: この頃、まだセクハラという言葉はありませんでした。

「や、わりーわりー。許せ、友よ」

「ま、いいわ。ところで、ブラジルのI-COM社さんって誰が見つけてきたの?」

「それが、総合商社のスゴイところだ」

「え、うちの契約代理店じゃないの?」

「うちの代理店は国内販売だからな」

「ま、そうか。で、どこなの、M紅さんとか?」

「来週、お客さんと一緒に来てくれるんだけど、M物産さんだよ」

「へえ、超大手商社じゃん。早慶大の友達も何人か行ってるよ」

「うん、我が社も田舎企業の枠を超えてきた感じだな」

「それで、I-COM社さんはうちから何が欲しいの?」

「16K SRAM らしいよ」

注: 時代はキロビットでした。メガとかギガと言い出すのはもっと後になってからです。最近では、ギガが足りない、などと頻繁に聞きますが、それも物理的メモリの量ではなく、トラフィックの量だったりして、40年の移り変わりを感じます。

「じゃ、RC社向けのOEMと同じようなビジネスって事?」

「多分、そうなると思うよ」

「分かった、じゃあその前提でプレゼンつくるね」

「ありがとう、舞衣子。助かるよ。それ終わったら、お礼にビールごちそうするから、7時くらいまでにやっつけよう」

「お、それは嬉しいですねえ、トム君。でも、7時に終わるかなあ」

「今週中に仕上げればいいから、今日は途中でも大丈夫さ」

「ま、そうだね。じゃ、頑張るね」

「Thank you, Maiko. I love you だぜー!」

「loveは余計ね」

「いいじゃん、スキなんだから・・・」

「何、言ってんの。本気じゃないんでしょ!本気じゃないならビール行かないよ」

「え?本気の方がいいの?」

「あれ、私なに言ってんだっけ?」

「だから、本気がいいって・・・」

「・・・」

言い間違った。本気じゃないならそんな事言わないで、って言おうと思ったんだけど、何言ってるんだろう、私・・・。

そもそも、アメリカに赴任しちゃった島工作君が遠いからいけない。この前だって、工作ったら、君に負担はかけられない、みたいな事言って、それ以上はダメみたいな雰囲気だったし。何なの一体全体!

でも、結局その日、トム君と二人でビールに行きました。

でも、ビール行っただけです!

私ってとってもキュートなのに・・・。

 

 

第13回に進む

第11回に戻る