連載小説 第22回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

上諏訪時計舎あらためサイコーエジソン株式会社7年目のIC営業部海外営業課の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。わけあって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを海外に売っているんですよ。時代はバブルへGo ! ってな感じなので、時にはボディコンも着てました。Lotus123も一応使えるようになってきたのですが、イマイチ分かってません(あらら)。

 

 

第22話  ASICと主任試験

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、文系ですが技術製品(半導体)を販売するIC営業部の4ビットAI内蔵営業レディです。私は同期の富夢まりお(トムマリオ)君とともにアメリカ市場を担当しています。なお、トム君は名前の割に純ジャパです(笑)。いつもトム君と言葉の上でじゃれ合っています。大抵はこちらが女王様です、落ち込んでいない日は。

 

さて、この頃になるとサイコーエジソン株式会社半導体事業部も色々な製品に取り組んでおり、Gate Array や Standard Cellと呼ばれるASIC(Application Specific IC)の設計、製造、販売に取り組み始めていました。この手法が生まれるまでは、標準ロジックICを基板上にいくつも並べて必要な回路を作っていたのが普通でしたが、ASICを使う事によって、大規模な論理回路が一つのIC上に形成され、省スペースで複雑な事ができるようになっていったのでした。

 

「ねえ、トム君、わたし思うんだけどさあ、ASICってスゴイよね。あんなに複雑な事を一個のICの上に乗っけちゃうんだもん」

「確かにスゴイよな。文系の俺たちには出来ない相談だけど」

「でも、私たちだって、文系ながらマイコンの事は大体分かったでしょ。だから、今度はASICの事も理解しなきゃって思うんだよね」

「そりゃ、殊勝な考えだ、舞衣子。頑張れ」

「何よ、頑張れって、まるで自分はもう分かってるみたいな言い方じゃん」

「ははは、俺は分かってるんじゃなくて諦めているのだよ」

「分かろうとしてないの?」

「いやあ、最近、作曲活動が忙しくてさ」

「え、どういう事?」

「だから、音楽好きだろ、俺」

「それは知ってるけど」

「でさ、若い頃にはシンガーソングライターに憧れちゃったりしてた訳じゃん」

「それも知ってるけど」

「でさ、毎日曲を創ってるって訳」

「それって趣味の世界の話でしょ」

「ああ、そうだよ」

「別にASICと関係ないじゃん」

「ま、そうだな」

「だったら、ちゃんとASICの事、勉強しなよ」

「ああ、でもASICはまあ、営業出来る程度にはそこそこ分かったから、自分で設計出来るほどには勉強しなくてもいいかなって思ってさ」

「だから、自分の時間は趣味の音楽活動って事?」

「ま、そういう事だね」

「でも、ASICはこれからの目玉商品だよ。もっと勉強した方がいいんじゃない?」

「だから、大体分かればいいと思うんだよ。そもそも、ASICってベースのICだけ用意しておいて、後はユーザーが設計する訳だろ?」

「うん」

「だから、俺たちがおでんマークの全てを知らなくてもいいって事だと思うよ」

「まあ、ユーザーさんが設計するってのはマイコンと同じね」

「だろ、だから俺たちはあとは主任試験の勉強と音楽活動って事で」

「そっか。ま、そうかもね」

私はASICをHAL社に売り込もうと考えていたのですが、確かに言われてみればそこそこ営業出来るだけの知識があれば、あとの細かいところはIC設計部の人たちがユーザーとのやりとりをしてくれるので、設計上の知識はあまり必要ではありませんでした。

「ところで、舞衣子、主任試験を辞退するかもとかって話はどうなったんだっけ?」

「え、うん、まあ、受ける事にしました」

「お、そうか、それなら俺たちライバル関係だな」

「まあね。でも、ライバルとかって感じじゃないなあ、トム君とは」

「じゃ、何だよ」

「チームメイトみたいな」

「そうか、でも、同じ営業部から何人も合格者はでないかもよ。それに、海外赴任してても工作も同じ枠かも知れないし」

「うん、でも私はチームメイトがいい

「そうか、ま、そうだな」

 

同じ営業部には5人の同期がいます。その5人とも同時に主任試験を受ける事になるのです。アメリカ赴任中の島工作君もその中の一人です。あとは、東京営業所で頑張っている公太郎(きみたろう)君と大阪営業所に行っているすすめ君もそうです。公太郎君もすすめ君もとってもユニークで面白い人たちなんですが、その話はいずれゆっくりするとして。どちらにしても、私にとっては、みんな良きチームメイトなのでした。

 

一時、主任試験という日本的一律方式についてはしっくりこないところがあって、受験するのがいいのかどうか迷っていた時期がありましたが、いったん、その疑問は棚上げして、試験は試験で受ける事にしました。実は、アメリカ赴任中の島工作君と電話で話している時に彼の意見を聞いたのですが、“その問題意識はとても大事だからずっと考えて行かなければいけないけれど、今は主任になって次のステップに踏み出さないと、その問題解決をしようとしてもなかなか力を発揮出来ないのではないか”と言われた事に影響を受けたのでした。ふむふむ、さすが工作君はいい事言うなあ、と感心したものです。

島工作君は一時ちょっと憧れる存在だったのですが、今はカリフォルニアの空の下、一家の主として元気に暮らしているようです。

私だって、負けないぞー! と思いました。

 

 

第23話につづく

第22話に戻る