L.W.R.(37) 古文書編#8 『ハイ・アウトプット・マネジメント』グローブ著1983

Joseph Halfmoon

今回取り上げさせていただきますのはビジネス書、当時のインテルの現役社長様がインテルが大を成すまさにその時期にお書きになったご本であります。『ハイ・アウトプット・マネジメント』アンディ・グローブ著、小林、上田訳。訳書は1984年ですが、原著は1983年。手元にあるのは「オリジナル」の早川書房版の初版です。

アンディ・グローブと言えば、1980年代から1990年代にいたる、インテルがパソコンで世界を席捲する時代にインテルを大ならしめた偉大な社長様であります。ハンガリー動乱でハンガリーから米国にやってきた、今でいう難民のご出身です。年寄りは皆知っているとおもいますが、その頭の良さは伝説的。ニューヨークにやってきたときは英語が喋れなかったという噂ですが、それが3年後には大学を主席で卒業(専攻は化学工学)です。その後UCバークレーで博士号をとり、半導体の研究者となるのです。そして、フェアチャイルド・エイトのうちのお二人、ゴードン・ムーアとボブ・ノイスに続いてインテル3番目の社員としてインテル創立に参加。1979年から20年ちかくもインテルの社長を務めることになるのです。

ムーアは「ムーアの法則」のムーア様です。半導体業界は未だにムーアの法則の元にあります。そしてロバート(ボブ)・ノイスは、半導体業界が半導体を大量生産できる元になった「プレーナ特許」の発明者です。ICを発明したのはTIのジャック・キルビーだと言われますが、ノイスの「プレーナ特許」なければ今日のように安く量産することは出来なかったでありましょう。業界の一番基礎にある基本技術といって良いかと思います。

まあ、アンディ・グローブもいろいろ凄い人ですが、その傑出さはインテルの経営にこそ表現されているように思われます。同業他社(当時ライバルだったモトローラ)が、不況でプロセッサの開発を押さえ気味にするようなときに、インテルは狂ったようにプロセッサ開発に投資し、結果、他社に水をあけ、マイクロソフトと組んでコンピュータ業界を席捲するわけです。半導体業界内に留まらないインパクトを世界にもたらした人物と言えましょう。

さて、本書ですが、私の持っている早川書房版は既になく、その後、日経BP社版が「復刻?」で出ており、未だにアマゾンで購入できるようです。初版1983年だから、「伝説の名著」という日経BP社の帯もさもありなん。

振り返ってみると、早川書房版は「ちと早すぎた」感があります。タイミング的にはアンディ・グローブが油ののった能力を最大に発揮し、経営を考え抜いていた時期ではあるでしょう。しかし、まだインテルは小さく、例の「インテルはいってる」のCMからはずっと前の時代なのです。近いところでは、ソフトバンクが3兆円だかでArm社を買収するときに、そのArmって会社何?みたいな話が出ましたし、それを今度はNVIDIAが買う(どうも買収の雲ゆき怪しいですが)ということになったらば、NVIDAって何です。この本の初版が書かれた時代を考えると、半導体業界以外の人々はインテルを知らなかっただろう、と想像されます。

ま、でも名著。当時、一応読んだ記憶があるのだけれど、内容まったく忘れてました。ペーペーの新人には何だかよく分からなかったのね、経営の話だし。ま、今、ペラペラとページをめくると、腑に落ちる感じが凄い。多分、この本を繰り返し読んでいたらきっと立派な人に成れたかもしれない、と思いました(個人の感想です。)今気づいても後の祭りなんでありますが。

アンディ・グローブと言えば、1つ思い出が。本デバイスビジネス開拓団のメンバのおひとり、今はちょっと事情ありお休みされているAraha氏です。遥かな昔、ちょうどこの本が出た数年後だと思いますが、「アンディ・グローブ来る」とのぼりが立ちそうなとある場所での会合に私とAraha氏は出ていたのです。沢山の人々がぎっしりと詰めかけており、ありがたいお話をお聞きしたところで、すっとAraha氏が手を挙げて

Hi、Andy

と声をかけて質問を始めたではありませんか。隣にいた私はちょっと肝を冷やしました。小心者で英語が不得意の私にはよく成しえる技ではありませぬ。質問の内容とそれに対するアンディ・グローブのお答えは、ほぼほぼ覚えていないのですが、ただ「インテルの社長のちょっと痛いところを突いていた」ことだけは記憶しておりますのじゃ。伝説の人アンディ・グローブと「渡り合った」Araha氏凄いです。ほえほえ~。

こういうご本を持っていても本棚の奥にしまったまま40年近くも開いたこともないとは。トホホ。

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