連載小説 第72回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任しちゃいました。運命の人、Appleの青井倫吾郎さんと、とうとう結婚しちゃいまして、うふっ、楽しいです、仕事も生活も。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第72話 同情するなら金をくれ!

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の14年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任。アップル・コンピュータの青井倫吾郎さんと遂に結婚しちゃいました!ステキです。うふっ。今回は壮大な半導体産業のお金のお話です。

 

 

世界的な半導体需要の伸びは相変わらず続いていました。どのメーカーも新たな投資に必死です。工場を一つ作るのに数百億円から1000億円レベルの資金が必要になるため、売上げ1兆円規模の企業にとってみれば、半導体事業だけで売上げの10%レベルの投資が必要となります。日本メーカーの多くは電機電子関係のメーカーで、半導体専業ではありませんから、半導体事業だけにお金を使うわけにはいきません。我がサイコーエジソン株式会社の場合、当時は売上げが数千億円で、半導体事業に使える資金は多くはありませんでした。

それでも、新たな半導体工場を建設し、新たな設備を導入していかないと、世界の流れから取り残されてしまいます。何年かに一回は大型投資をする必要がありました。これは、もはやチキンレースのようなもので、巨額の投資をしなければならない状況に恐れをなした人から脱落していく事になるのです。

そこで考えたのが、儲かっている顧客から資金を出してもらう作戦でした。自己資金はあまり使わず、大口顧客から前受金という形で資金提供を受け、その先行投資分は工場が稼働した後に現物でお返しするという方法なのでした。これに乗ってきてくれた顧客が数社あり、必要資金のかなりの部分を負担してくれたのです。

このスキームのために、半導体事業部の重鎮がたびたびアメリカへ出張に来ました。当時の重要顧客のいくつかと交渉をして契約を結ぶのです。私もアメリカ側のリエゾンとして、何回か大手顧客との打合せに同席しました。相手先の多くは我々がシリコンファンドリーを請け負っている企業です。多くはFPGAを開発、販売している半導体メーカーでした。当時、FPGA市場は成長著しく、我々の相手先はどのメーカーもかなりの利益をあげていました。彼らのキャッシュフォローは極めて順調で、もっと言えばお金が余って余って仕方がないというくらいだったので、その潤沢な資金を先行投資して必要な半導体製造ラインとキャパシティの確保を行うというのは大変理にかなっていたのです。

シリコンバレーにある会社もあれば、西海岸の別の地域にある顧客もありました。私は日本からの出張者のスケジュールに合わせて、西海岸を上から下まで行ったり来たりしました。

契約の細かい所は本社の法務部門が検討してくれるので、そこはお任せして、重要な金額に関わること、納入の条件などを精査していきます。

一般的なビジネスの場合、売り手と買い手の関係は買う側が優位に立つ事が多いのですが、シリコンファンドリーのビジネスに関して言えば、双方が依存関係にあり、殆ど対等な関係性の中でビジネスを進める事ができていました。顧客側にしても我々から安定的に供給を受けなければ自分のビジネスが成り立たないのですから、ベンダーを大切に扱うのです。

そんな状況でしたので、資金提供/現物返済というスキームは殆どの相手先とスムーズに交渉がまとまっていきました。1993年のうちには契約が成立して、潤沢に資金提供を受ける事ができたため、我々は銀行からの借り入れを大してする事なく、新しい半導体工場を建設するに至ったのでした。

サイコーエジソン株式会社のような中堅の半導体メーカーとしては、かなり上手くいったケースでしたが、その後も、お金のない人、すなわち投資のできない人、巨額をつぎ込むのは躊躇する人、は脱落するという“チキンレース”は続いていきます。

後になって分かるのですが、日本のメーカー同士で競い合うと、資金力は分散されてしまい、巨額をつぎ込む投資産業においては次第に不利になっていきます。メーカー同士の戦いというよりは、国別対抗戦のように変わっていくのです。日本の半導体産業の栄枯盛衰を語る上で、この点は極めて重要なポイントになっていきます。

お金よりは技術や品質がモノを言った時代においては、日本の製造業は海外に負ける事なく大きく発展してきました。日本の高度成長期には、多くの製造業がそのやり方で急速に成長したのです。サイコーエジソン株式会社もその一つです。しかし、技術や品質の優位性が薄れ、別のゲームプランが必要になった時にいかにして勝ち残っていくか問われる時代がその後やってきます。極めて素晴らしい先見の明のある監督がいるか、或いはプレイヤー自身が過去の成功体験にとらわれる事なく適確に先を見通す目をもち、それをしっかりサポートできるトップがいるのかどうか、でしょうか。

特に半導体産業は巨大な成長市場であるだけに、製造装置メーカーを含めて多くのプレイヤーが参入する事になったため、製造技術はどんどんこなれていきました。そして、その後21世紀には、極論すれば、お金さえあれば誰でも作れちゃうという産業へ変わっていきます。

その頃にはまだ殆どの日本人が気づいていなかったでしょう。“ゆでガエル”になってしまう者たちには分からない未来だという事を。

1993年の新工場建設は大成功だったのですが、残念ながらチキンレースは金額を更に大きくしてその後も続いていきます。投資に必要な金額が嵩んでくると、顧客からの前受金というスキームにも限界が生じてきます。同じスキームで、柳の下のドジョウを狙いに行ったりしましたが、小さな成功を収める事はあっても、大成功はその後は起こりませんでした。

因みに翌1994年のテレビドラマで、安達祐実ちゃんが「同情するなら金をくれ!」と言っていました。凋落日本半導体に対して、諸外国はちょっと同情めいたふりをしつつ、しめしめ、これでこっちの勝ちだべ、と思っていたに違いありません。同情なんかしないし、金もくれない、というのが、厳しいビジネスの現実ですね。

そんな中、お金をくれたのは、凋落が決定的になった後になってようやく同情したのか、お膝元の日本政府でした。でも、それはまだまだ先の2010年代のお話。全然遅かったぁ・・・。「金くれるならもっと早くくれよー!」と安達祐実ちゃんなら言った事でしょう。

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・。

あら、どこからか聞こえてきました、平家物語。おごれるモノ久しからず、ですねえ。いくら本当のお話だといっても、何だか暗いお話になってしまったような・・・。もっと楽しそうな、私の食欲とダイナマイトボディの話の方が良かったでしょうか(笑)。

でも、こればかりはお話しなくてはならないですよね。何てったって、日本の半導体産業の栄枯盛衰を物語る大河小説なので・・・。

次回は明るい話題にしよっと(うふっ)

 

 

 

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