連載小説 第78回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任しちゃいました。運命の人、倫ちゃんと結婚して、仕事も生活も半導体事業も絶好調ですよ。R&D部門に新たな赴任者がやってきました。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第78話 危険なRISC(?)の責任者とは

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の14年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任。運命の人、倫ちゃんと結婚して、仕事も生活も絶好調です。半導体事業も絶好調です。

 

さて、第60話の「危険なRISC」のところでもお話したのですが、SS-Systemsには、1983年設立当初からの販売会社機能に加えて、2年前くらいから手掛けているR&D(開発設計)機能があります。R&Dでは先端技術の半導体製品を開発しようとしているのですが、これがなかなかに難しいシロモノらしいです。32ビットのRISCだそうなのですが、ばりばり文系の私にはそれがどのようなものかよく分かっていません。何だか危険なRISCだそうです。

R&D部門の新たな責任者として、半導体事業部の設計部から赴任してきたのが須和さんです。すぐにエディという愛称をもらい、Eddie SuwaとしてSSデビューをしました。あ、SSデビューというのは、日本人赴任者がSS-Systemsで英語的ニックネームとともに認知され始める時に仲間内で使っていた言い方ですね。SuwaというFamily Nameの割りには、諏訪にはゆかりはなく、関西ルーツの方でした。須磨の方が近そうですけどね(笑)

「トムさん、舞衣子さん、お久しぶりです。Eddie Suwaになりました(笑)」

と言って須和さんはニコニコしながら挨拶に来てくれました。

「イエーイ、エディ、これから一緒に楽しくやりましょう」

「私も宜しくお願いしますね、エディさん(笑)」

エディさんは私とトム君の1年後に入社してきた後輩ではあるのですが、大阪の某国立大学を6年かかって卒業されているので、学年でいうと私より1年先輩の方です。でも早生まれだそうで、西暦は1957年で一緒でもあります。トム君はエディさんと同じ年で誕生日も同じ2月です。まあ、みんな似たような年なのですが、奇しくも全員生まれは酉年(とりどし)で、日本へ帰任した工作君も含めて俺たちRoostersだ、と言っていました。あ、もう一人Liaison Departmentの赴任者の沢口治虫君もそうです。あ、Roosterというのは日本語でいうとオンドリですね。

で、Roostersで歓迎会をしよう!という話になり、その晩早速夕食をともにする事になりました。

「それではかんぱ~い」

トム君が高らかにグラスをあげ、参加者はみなそれにならいました。

もともと、須和さんと沢口さんは設計部の同期で、二人とも有名国立大学を6年かかって卒業したという共通点をもっていたので、とても親密な存在でした。私たち同期も彼らとしょっちゅう一緒にスキーに行ったり、テニスをしたりしていたので、もともとかなり親しい仲です。

「ところで、うちのRISCはスピード的にはどうなの、須和」

「うん、スピードは勝負するポイントじゃないからねえ」

「てことは、かなり遅い?」

「そんな事、沢口だって分かってるだろ?」

設計部出身の二人が技術的な事を話し始めたようです。え?それ程技術的でもないでしょうか。ま、このくらいは文学部出身の私でも分かりますからね(笑)。要するに、うちのRISCは遅いらしいです。ははは。でも、遅いからには何らかの利点もあるはずで、大抵遅い時は省エネがつきものなんですね。つまり、低消費電力です。はい、文系の私もこのくらいは分かるんですよ、うふっ。なので、ちょっと知ったかぶって、須和さんに聞いてみました。

「という事は、須和さん、うちで設計しているRISCはスピードはそれ程じゃないけど、低消費電力が売りって事ですよね?

「おっと、舞衣子さん、登場ですね。さすが心理学科ご卒業の良妻賢母

「母じゃありませんけど(笑)、須和さん」

「失礼しました。さすが心理学科ご卒業の才色兼備

「それなら合ってます(笑)」

「その通り、電池駆動も楽勝の省エネRISCです」

「じゃあ、ハンドヘルド機器がRISCで動いちゃうんですね」

「はい、その通りで」

「という事は、このあいだのカードPCみたいなものなんですか、うふっ?」

「いやいや、そこはRISCなので」

「え、Intel入ってないんですか?」

「そこはRISCなので」

「あ、そうなんですね・・・」

なんか、調子にのって知ったような事を言ってたら、自爆してしまったようで、RISCとIntelの関係を把握できていない詠人舞衣子を暴露してしまったのでした。ま、私は4ビットですから、32ビットとは8倍も違うようなので、ポンコツはポンコツなんですけどね(笑)。

「まあ、舞衣子さん、RISCの事は社外秘なので、このくらいにしておきましょう」

「失礼しました、須和さん。私もIntel入ってる?なんて、ちょっと冗談言っちゃいましたよね、うふっ」

「え、あ、はい、面白い冗談ですね、ははは・・・」

「ははは・・・」

何となく、凍りつきそうな空気が漂いましたが、そこは、トム君が拾ってくれました。

「ところで、エディ、おうちやお車の手配はもう進んでるの?」

「いや、そこが、全然進んでなくて、このWeekendに何とかしようと思ってるんですが」

「それなら、車を買いにいくの、つき合おっか?」

「え、いいんですか、トムさん?」

「うん勿論。最初はみんな苦労するからね。誰かがついてった方がいいんだよ。俺も初めての時は沢口がついて来てくれたし。ね、サム」

「そうでしたね。あんまり役に立たなくて申し訳なかったですが」

「そんな事ないよ、随分助かったよ」

「そう言ってくれると嬉しいです」

トム君は人生初のアメリカの車屋巡りは沢口君につきあってもらったそうです。アメリカ人のセールスマンに結構いいようにやられたけど、勉強になったとか言ってましたっけ。

そんな訳で、土曜日にトム君が引率して須和さんとカーディーラーに行ったそうです。月曜日にはもう須和さんはピカピカ濃紺のフォードセーブルに乗って出社していました。赴任者から赴任者へ代々引き継がれていく赴任のノウハウが今回も繋がったようです。

そして、急速に仲良くなったトム君と須和さんは、その勢いのまま、1週間後のクリスマス休暇には、二人で買ったばかりのセーブルに乗ってアメリカの荒野3,000マイルの旅に出たそうです。Death Valley, San Diego, Phoenix, Monument Valley, Grand Canyon, Las Vegas と果てしなくドライブし、ワイルドなアメリカを満喫したと年明けに聞きました。男同士の旅ってのもいいわねえ、なんて思っちゃいました。

私はといえば、この年のクリスマスは予定通り、大好きな倫ちゃんと一緒に旅に行きましたよ。うふっ。大好きなメキシコへまた行っちゃいました。メキシコシティ1週間の旅。ティオティワカンの遺跡とか、スゴいものがいっぱいある国立人類博物館とか、マリアッチの聞こえる街角とか、ルチャ・リブレ(メキシコのプロレス)とか、すっごく面白くて、倫ちゃんと興奮しっぱなしでした。ミル・マスカラスに本場で会えるなんで最高でしょ?え、ミル・マスカラス、ご存知ない?プロレスファンなら知ってるはずです。千の顔を持つ男ですけどね。ま、いいや。

そんなこんなで、この年も順調に暮れていきました。

次回からは1994年です。

それにしても、いまだに、Windows95に到達しません。さすが、大河小説ですね(笑)。

 

第79話につづく

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