連載小説 第87回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任中。ビジネス環境にも大きな変化が起こり、インターネット、電子メール、Windows95と新時代を迎えていました。そんな中、夫の倫ちゃんに転職の話があり、私にも大きな変化が起こりました。ヨーロッパへの転勤です。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第87話 ヨーロッパへ転勤します

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の16年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任。運命の人、倫ちゃんと結婚して、仕事も生活も絶好調です。半導体事業も絶好調です。アメリカでの6年を終えてドイツへ行く事になりました。

 

コマンタレブー、トム君(笑)」

「何だよ、舞衣子。ドイツへ赴任するんだろ、コマンタレブーはおフランスの言葉じゃないか。ドイツ語なら何か違う言い方があるだろ」

「いいのよ、オフィスはドイツだけど、ヨーロッパ全体を統括する現法なんだから、フランス語も勉強しないとね、うふっ」

「その前にドイツ語勉強しないと、ミュンヘンで暮らせないぞ」

「そうなの?暮らせないの?英語は通じないの?」

My name is Tom. は Mein Name ist Tom. だから楽勝!とか思ったら、楽勝じゃなかった、って言ってる人もいるぞ」

「誰なのそれ?」

「ん、まあ、この前、ミュンヘンへ出張で行った時に日本人赴任者に聞いたんだけどさ」

「ふうん、マインナーメイストムなら発音ほぼ一緒じゃん」

「そうだな。ま、Good luck!で」

「何よ、トム君、冷たいぞ、もう少し教えてよ」

「赴任者の吉町君知ってるだろ?」

「うん」

「彼が色々テイクケアしてくれたんで、助かったんだけどさ。あいつ、結構楽しくやってるようだったよ」

「へえ、吉町君か。それで、それで?」

「オフィスでは英語が通じるから仕事は問題ない」

「ふむふむ」

「でも、街ではそうではないらしいんだ」

「へえ。じゃ、買い物とかは?」

「スーパーは話す事が殆どないから問題ないようなんだけど」

「じゃ、大丈夫じゃん」

「いや、ドイツでは小さなお店も利用するし、何てったってミュンヘンには素晴らしいマルクトがあるんだよ」

「何よ、マルクトって?」

「まずは自分で考えてみろよ」

「マルクトねえ。マルクに関係あるの?お金なら銀行のこと?」

「いや、そうじゃないなあ」

「マルクト、マールクト、マールクット・・・あ、マーケットだ!

「そう」

「マーケットなら市場って事ね?アメリカではあんまり見ないけど、メキシコとかなら市場を見るわね」

「そういう事。ミュンヘンのマルクトはかなり大きくて、そこでの買い物は面白いって言ってたな」

「どう面白いのかしら」

「現地の人としゃべって未知の事が段々分かってくんだから、そりゃ面白いだろ。そこで、片言でもドイツ語が必要になるみたいだぞ」

「英語が通じないの?」

「うん、殆ど通じないらしいよ」

「そっか。それは一大事だなあ」

「ようやく、事の重大さに気づいたようだな、舞衣子」

「何よ、これから色々勉強するところなんだからね」

「そうだな」

How much?は通じないのかなあ?」

「仮にそれが通じたとしても、帰ってくる答えはドイツ語だぞ」

「あ、そっか。そうだね」

「でも、吉町君たちも言ってたけど、日常使う言葉さえ覚えれば何とかなるみたいだよ」

「了解です、トム君。メルシー

「だから、ドイツなんだって」

「分かったわよ。ダンケでしょ」

「そうそう。ダンケシェーンだぞ」

「分かってるわよ。ダンケシェーンね。」

「おお」

「ところで、外国語を知るにはまずは、これは何ですか?を覚えろって言うでしょ」

「トム君はドイツ語で何ていうか知ってる?」

What is this ? のドイツ語だな?」

「うん」

「それはだなあ、Was ist das? だろ」

「そう、さすが元海外営業部ね」

「今だって日本籍は海外営業部だよ」

「ま、いいわ。じゃ、おフランスでは?」

ケスクセ?だろ」

「そうなの。だからね、トム君、やっぱりドイツ語の方が圧倒的に英語に近いでしょ」

「ま、そうだな。WhatがWas、isがistでthisがdasだよな。なんだ、簡単そうじゃないか」

「だよねえ。絶対錯覚するよね、楽勝でドイツ語できちゃうんじゃないかって」

「ケスクセなんてスペルできないしな」

「難しいよねフランス語の方が」

「ま、新天地で頑張れよ、舞衣子」

「うん、トム君と離れるのなんて、入社前以来だもんね」

「入社前以来って何だよ(笑)。ま、初めて出会ってからずっと一緒の職場だったって事だな」

不思議なご縁でございました事。でも、とうとう、これで、記録が途切れるって事かしら」

「ま、海外営業関係だって事は変わらないんだから、また次の機会に一緒に仕事するなんて事になったりするんじゃないか?」

「だといいけどね」

「ああ」

「でも、私、ちょっと、おセンチメンタルになっちゃうのよ、こういう時」

「そっか、おセンチメンタルか・・・」

 

思えば、トム君とは、上諏訪時計舎に入社以来、ず~っと同じ職場にいました。IC検査課での実習のあと、営業部、IC営業部、海外営業部と、名称は変われど同じサイコーエジソン株式会社半導体事業部の海外営業、そしてアメリカのSS-Systems Incへの赴任と、15年以上にわたって、同じ職場で机を並べてきた訳ですから、一心同体に近いような存在だったのです。え?一心同体は言い過ぎ? ま、そうですね。1.5心2体くらいでしょうか(笑)。同体な訳ないです。おほほ。

ま、それでも、いつでも心の支えになってくれていたので、急にいなくなると困る気がするんですよね。ちょっと淋しいかなあ、ミュンヘンは?

でも、ま、旅立ちの時にはそういう別れもあると知ってはいるので、私は夫の倫太郎さんと新天地へ向かうと決めたのでした。トム君ではなく倫太郎さんを取る、とかそんな話では勿論ないのですが(笑)、結果的にとうとうトム君とは別の職場でお仕事をする事になりました。

アメリカを離れる日が近づいてきていました。夫の倫ちゃんは既にAppleは退職して一足先にミュンヘンへ移動しました。今は仮住まいで、私と二人で住む家を探しているところですが、既にミュンヘンのソミー社へは出社し始めていて、忙しく仕事をしているようです。

あと1週間ほどで、私もミュンヘンへ向かいます。

カリフォルニアの青い空はあくまでも青く、いつまでも私の心の中にやきついていました。

 

 

第88話につづく

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