連載小説 第90回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任していましたが、夫の倫太郎さんがソミーヨーロッパへ転職する事になり、私もサイコーエジソンの現地法人があるドイツのミュンヘンへ異動しました。IT環境は、インターネット、電子メール、Windows95と新時代を迎える中、ヨーロッパでは携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第90話 ミュンヘンでの生活とお仕事

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の16年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任し、今度はヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。うふっ。

 

「倫ちゃん。広場だ」

「うん、広場だねえ、舞衣子」

「ここがマルクト?」

「そうみたいだな」

「倫ちゃん、来た事あるの?」

「あるよ、一度。でも、まるで違う光景だよ」

「今日は誰もいないって事ね?」

「ああ」

忘れ去られた街にたどり着いた二人、っていうSF映画だね、これは」

「そんな映画あったっけ?」

「そんな感じって事よ」

「うん、まあそうだな」

だだっ広い広場に人はおらず、ところどころお店はあるものの、商品はほとんど並べられておらず、ゴーストタウンのような場所でした。おお、God、日曜日を安息日にしたのは、どなたなのですか?と問いかけたくなってしまうような光景が広がっていました。

「倫ちゃん、ホントにお店やってないんだね」

「ああ」

「日曜日はいつも?」

「ああ、そう決まっているからな」

「なんか、びっくり。でも、郷に入っては郷に従えってことね」

「そういう事だよ」

「でも、日曜日に食料が尽きちゃった人はどうすればいいの?」

「それはね」

「あ、分かった、スーパーへ行けばいいんだ」

「おいおい、舞衣子、まだ全然分かってないじゃないか」

「何よ」

「そのスーパーが休みだから、みんな困っちゃうんだよ」

「え、スーパーも休んじゃうの?」

「そういう事」

「じゃ、コンビニは?」

「コンビニなんてないよ」

「ええっ?コンビニなかったら困るじゃん」

「だから、みんな土曜日の午前中までに買い物を済ませるんだよ」

「買い物できなかった人は?」

「うん、それで、最後の手段は、日曜日でもやってるレストラン

「へええ」

「それか、ガソリンスタンドとか駅のあまり美味しくないサンドウィッチ」

「へええ」

「分かった、舞衣子?」

「分かった・・・と思う」

「じゃ、街の真ん中へ行ってみよう」

「うん・・・」

何てことでしょう。楽しみにしていた日曜日のショッピングができないとは。しかも、土曜日だって午後は開いていないという事なんです。土曜日なんて、ぐうたら寝ていたい日なのに、規則正しく起きて、まずは生活必需品の買い物を優先しなくてはならないのです。時間に余裕をもって洋服や身につけるもののショッピングなんてできないらしいんです。郷に入っては郷に従えとはいえ、予想もしていなかったドイツ社会の仕組みに唖然としてしまいました。

ミュンヘンの中心部にやって来ました。マリエンプラッツという広場です。そもそもプラッツは広場という意味なので、マリアさんの広場です。ヨーロッパ中を巻き込んだ30年戦争(1618-1648)のさなか、スウェーデンによる占領からの解放を祝って1638年に建立されたという金色のマリアさんの像が広場の中心に建っています。ヨーロッパは戦争の繰り返しだったようで、どこへ行っても愚かな戦争の爪痕が残っています。

で、お店はというと、殆ど全て閉店中です。あらら・・・。

しかし、人は沢山います。お店は開いていなくても、さすがにミュンヘンの中心部で観光地ですから、多くの人がいて、みな散歩している訳です。私たちも、歴史のある建物などを眺めながら、そぞろ歩きをしました。マリエンプラッツを囲む市庁舎や、タマネギ型の尖塔が二つあるフラウエンキルヒェ、バイエルン王国の王宮であるレジデンツなど見所が満載なのでした。

「すごいなあ。ね、倫ちゃん」

「ああ、すごいんだよ、ミュンヘンは」

「何か、ぐっと来ちゃった、私」

「お店は開いてなくてもか(笑)?」

「うん、お店よりももっとスゴいよ」

「まだまだあるぞ。ドイツ博物館とかニンフェンブルク城とかアルト・ピナコテークとノイエ・ピナコテークとかの美術館もスゴいらしいよ」

「わあ、行きたい、倫ちゃん、行こうよ」

「ああ、行こう行こう。でも、今日は一つだけにしよう」

「ええ?」

「まだまだ先は長いんだから、ゆっくり見て回ればいいよ」

「そうなの?」

「焦らないでちゃんと地に足をつけてだな」

「ふうん。で、今日はどこ行くの?」

その前にお昼だな。おなかすかないか?」

「すいてきた」

「でもね。お店やってない所ばかりなんだよ」

「ええ?どこかやってるでしょ?」

「ま、どこかはね」

「じゃ、カフェとかレストランとか開いてる所をさがしましょ」

「ああ」

という訳で、私たちが探し当てたのは、ホフブロイハウスというビアレストランでした。ドイツにはどこへ行っても地元の醸造所があり、日本の地酒みたいにですね、その多くがビールをぐいっと飲み、そして食事ができるレストランをやっています。ホフブロイハウスはミュンヘンの大手で、日曜日も関係なく営業していました。

悪名高いヒトラーが決起集会をした場所としても歴史にその名を刻んでしまったホフブロイハウスで、私たちは大きなビアグラス(1リットル)を傾けながら、ソーセージやキャベツやパンを頂いたという次第です。大きなビアグラスは1杯だけではなく、調子に乗って2杯、3杯と続き、多量のアルコールを摂取するに至りました。

さて、その昼食のあと、どんな由緒ある場所を訪れたかと申しますと・・・、ちょっと気持ちが良くなり過ぎて、「今日のところは由緒あるホフブロイハウスを十分堪能したよ。じゃ、それでOK!」 となった訳でございます。

あまたある由緒ある場所は、それからの週末にゆっくり回る事にしました。

あはは、ですね。

 

 

第91話につづく

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