連載小説 第95回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任していましたが、夫の倫太郎さんがソミーヨーロッパへ転職する事になり、私もサイコーエジソンの現地法人があるドイツのミュンヘンへ異動しました。IT環境は、インターネット、電子メール、Windows95と新時代を迎える中、ヨーロッパでは携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ、一度は別々の職場になったと思ったトム君が緊急赴任して来ちゃいました。また一緒です。うふっ。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第95話 ヨーロッパ市場で何が売れたんですか?

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の16年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任し、今度はヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。うふっ。でも、仕事は結構忙しくて、新婚生活どころではありません。結婚して4年ほど経ってますけど(笑)

 

同期のトム君がミュンヘンへ緊急赴任してきた事は前回お話しした通りです。面白い巡り合わせですね。

我々の半導体製品はドイツ市場に最も多く売れていましたが、市場はドイツだけではありません。英国にもフランスにもあります。そしてヨーロッパにはその他にも数多くの国があります。イタリア、スペイン、オランダなど先進国が数多く存在します。それぞれの国に代理店を設定して、我々の半導体製品を販売してもらいます。

例えば、スイスには老舗の時計メーカーがいくつもあり、我々の半導体のお客様になっていました。特にローエンドではSwatchというブランドが有名です。1970年代頃は日本製のQuartz時計が世界市場を席巻しましたが、それを奪い返そうと1983年にできた会社です。ABS樹脂のボディーに直接ムーヴメントをはめ込むというようなシンプルな構造によって、廉価で、カッコいいデザインを実現したカジュアルウォッチです。

サイコーエジソン株式会社は元々は上諏訪時計舎といって腕時計のメーカーでしたから、かつてはスイスの時計メーカーとは競合関係にありましたが、その頃になると、半導体や水晶振動子などの部品を供給する関係にもなっており、ライバルでありながら顧客でもあるような存在でした。面白いですね、この業界は。最初は、どうしてみんな敵に塩を送るの?と思いましたが、それなりに背景がある訳で、今では違和感を感じる事はありません。

さて、腕時計といえば、それまでも、様々な機能を腕時計に内蔵させたものが開発されてきました。コンピュータ機能を腕時計に入れてしまおうとか、テレビ付きの腕時計を作ろうとか、チャレンジは尽きませんでした。ええ、我がサイコーエジソン株式会社のチャレンジです。でもあんまり売れませんでしたね(笑)

ヨーロッパでは、新たなアプリケーションを内蔵したウォッチが売れ初めていました。それは様々なセンサーを内蔵し、歩いた距離や走った距離、心拍数、消費エネルギーなどを表示する事ができる腕時計で、健康やスポーツ分野向けに開発されたものでした。これは、スイス発祥ではなく、フィンランドなど北欧の国から生まれてきました。このようなアプリケーションにぴったりだったのが我々のマイコンで、毎月かなり多くの数量が売れていました。

自動車産業に目を向けてみましょう。日米欧が中心でしたが、ヨーロッパでは特に高級車を多く産みだしているところが強みで、世界市場において、“高品質のヨーロッパ車”というブランドイメージができていました。もともと、ドイツを中心に品質管理は徹底していましたが、一時期、アメ車の品質が落ちた事で、ヨーロッパ車にとっては尚更追い風が吹いたようでした。実際、アメリカ市場でドイツ車は高い評価を得ていて、富裕層が乗っていましたが、ドイツでアメ車が走っているのは見た事がありませんでした。誰もアメ車の品質を信じてはいなかったのです。日本メーカーは品質が高くなったと高評価を受けるようになっており、時々見かけましたね。ヨーロッパで高級車と言えば、ベンツ、BMW、Audiの三つです。

勿論、もっとも数多く売れているのは大衆車で、ドイツのフォルクスワーゲン社が筆頭でした。そもそもそも、VolksWagenは「みんなの車」という意味です。

自動車メーカーがあれば、電装メーカーがある訳ですが、ドイツにもBoschなどの電装メーカーがあり、様々な自動車用デバイスを作っていました。カーオーディオやインパネ等の表示装置として液晶を使う事が多く、我々のLCD Driver IC が採用されていました。自動車の世界では、いったん採用されると長期に渡って安定的に注文が続きます。自動車用途のLCD DriverはEdison Semiconductor GmbH にとって売上げの基礎部分となる重要な商品でしたので、大変助かりました。

さて、同じLCD Driver ICでも少々アプリケーションが変わると数量が大きく、浮き沈みの激しいビジネスになります。それは何かお分かりでしょうか?

それが、携帯電話です。

我々の半導体ビジネスの半分が携帯電話に関連した市場向けでした。少々依存度が高すぎるかなあ、とも思いましたが、その頃は携帯電話市場がスカイロケット的に伸びていて、そこに入り込まなければ、売上げは伸びないという状況です。

とにかく携帯関連で頑張っちゃえ、という戦略になっていました。

 

この続きはまた次回お話しますね。うふっ。

 

 

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