連載小説 第97回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任していましたが、夫の倫ちゃんのドイツ転職を機に、私もミュンヘンにある現法へ異動しました。ヨーロッパでは携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ、一度は別々の職場になったと思ったトム君が緊急赴任して来ちゃいました。あら、また一緒ですねえ。うふっ。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第97話 ヨーロッパのサウナとプール

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の16年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任し、今度はヨーロッパの現法(Edison Semiconductor GmbH)へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。うふっ。そこへ、同期のトム君も赴任してきちゃいましたよ。

 

ヨーロッパで初めての冬がやってきました。1995年も暮れようとしています。激動の1年でした。それは、

1.倫ちゃんの転職で、私もドイツへ転勤となり、二人はミュンヘンへ移住

2.Edison Semiconductor GmbH で仕事開始。相変わらず忙しいです(笑)

3.トム君とは初めて別の職場になったと思ったら、急遽トム君もミュンヘンへ  転勤となりまた一緒

4.とうとうWindows95が出ました!

大体、こんな感じでしょうか。

それと、これはもう、体験した人でないと分からないかも知れませんが、ヨーロッパの冬はカリフォルニアと大違いで、雪か曇りばかり。スゴく寒くて日照時間が殆どゼロで、ホント落ち込んでしまう人が発生します。

私は、倫ちゃんと二人ですし、天気が良くなくても、何でも楽しんじゃうのが得意ですが、独身単身赴任者等は大変なようです。日系企業の間では、独身者や単身者はヨーロッパへは秋から冬には赴任させるな、という不文律があるくらいで、気候がよくない時期に一人で赴任すると精神的にまいってしまうという事もあるそうです。

トム君が11月の初めにアメリカからドイツへの海外転勤となってミュンヘンへ来たのですが、彼はひとりでやってきました。あれ?トム君結婚してなかったっけ?と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、人には事情というものがあるのでしょう。あんなに仲良かった(と思われた)ハルカちゃんとはアメリカ赴任中に離婚となり、バツイチ独身でミュンヘンへやってきたと言うわけです。

トム君の話によると、カリフォルニアの脳天気の青い空のもとでは一人になっても元気にやっていたようですが、ヨーロッパの厳しい冬はバツイチ独身の身には結構こたえたそうです。

トム君はミュンヘンでの住居が決まるまで暫くの間、大きなホテルの一室に暮らしていました。そのホテルの最上階はかなり大きめのプールとサウナになっていて、ゴージャスな時間を過ごす事もできたそうです。ただ、トム君は現法の責任者として赴任してきたので、仕事もそれなりに忙しく、プールやサウナを楽しむのはせいぜい週に1~2回の事だったと言っていました。

ドイツのサウナの伝統は、日本などとは違って、全てから解放されてリラックスするスタイルです。え、どういう事?ですか? 全てからの解放ですね。つまり、サウナでは、老若男女、人類はみな“すっ〇ん〇ん” になるという事です。しかも、サウナはジェンダーフリーですから、すっ〇ん〇んの両方のジェンダーが、同一の空間において、尋常でない温度の熱気を浴びてダラダラと汗をかきながら、熱気によって赤くなった顔でハーハー息をしながら時を過ごす、という事のようなのです。

これは、日本国の公共スペースにおいてはあり得ない光景でしょうが、ヨーロッパではごくごく当たり前の事なのだそうです。トム君はホテル暮らしの間は、そのような公共スペースでヨーロッパの当たり前を受け入れ、できるだけ現地に溶け込もうと努力したのだと言っていました。

そして、あろう事か、トム君は大いなる勘違いをし、プールにおいてもすっ〇ん〇んで遊泳をするという勇敢なる所業でホテル生活を満喫したそうです。私にはできませ~ん(笑)

ところで、ドイツでの一人暮らしは、何かと不自由でしょう。特に日本人にとってドイツでの食生活は結構キツいものがあります。トム君にどんな食生活を送っていたのか聞いてみました。

バツイチ独身でホテルですから、あまりステキな食生活ではなかったと想像しますが、部屋には簡易キッチンがついていたらしく、ご飯を炊く事はできたのだそうです。

お米は、土曜日午前中までに日本食材店に行けば手に入ります。炊飯器があれば楽だったでしょうが、海外転勤でアメリカから運んだ荷物は、住居が決まるまでは日通のコンテナの中ですので、それもありません。しかし、簡易キッチンに備え付けのお鍋にお米と水を入れれば、あとは火をかけるだけ。素晴らしく美味しいご飯はできなかったそうですが、普通に食べられるご飯はできたようです。

おかずは? スーパーで売っているチーズ、スモークサーモン、サラダ等を肴にしてまずは缶ビールのバイスビアを1本空け、調子よければ更に2本目にいき、もっと調子がよければ3本目に手を出し、ちょっと酔っ払ったところで、締めのご飯は、瓶詰めのいくらをふんだんに使ったイクラ丼というのが定番だったそうです。なので、私や倫ちゃんがおうちでお肉を焼いたり野菜炒めを作ったりするのと同程度の栄養は摂取できていたようです。それと、仕事での会食がしょっちゅうあるので、毎日自炊をする必要もなく、ま、心配に及ばなかったというところでした。

かなり長い冬の期間でしたが、トム君はトム君で、全てから解放された姿でプールに出没し、それなりに美味しいものを食したりしながらドイツでの暮らしに順応していたようでした。

気持ちが落ち込まなくて良かったですね(笑)

 

 

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