連載小説 第98回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任していましたが、夫の倫ちゃんのドイツ転職を機に、私もミュンヘンにある現法へ異動しました。ヨーロッパでは携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ、一度は別々の職場になったと思ったトム君が緊急赴任して来ちゃいました。あら、また一緒ですねえ。うふっ。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第98話 名前の由来と飛ぶボタン

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の16年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任し、今度はヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。うふっ。そこへ、同期のトム君も赴任してきちゃいましたよ。

 

年末年始が少し長めのお休みになったので、私は倫ちゃんと日本へ帰省しました。

「ただいま~。お母さ~ん?」

「ああ、舞衣子、お帰り~。倫太郎さんは?」

「倫ちゃんは、実家の方へ行ったよ」

「何よ、一緒に来ればいいのに」

「うん、明日にでも挨拶に来るって」

「そう」

「ねえ、詩織はたまには来ないの?」

「先週来たわね。今週は来るかしら?」

詠人家は両親と二人姉妹(私と詩織)の4人家族でしたが、妹の詩織は結婚して家を出ています。お、そう言えば、私も結婚して家を出ているのでした。そもそもは大学卒業後、地方都市に就職したので、その時点で家を出ている身分でしたね。現在のステータスは、詠人舞衣子(戸籍上は青井舞衣子)、既婚、子どもなし、ドイツ在住、実家には両親のみ居住、でした。

「あ、お父さん、ただいま」

「おお、久し振りだな、舞衣子」

「元気でやってるの?」

「ああ、絶好調だぞ」

「さすが、お父さん、ふふ」

「絶好調の60代後半だ(笑)」

「ねえ、ところでさあ、前から聞いてみようって思ってたんだけど、私と詩織の名前ってさあ、どうやって決まったの? 舞衣子と詩織って個別の由来って感じだし、特に韻も踏んでないでしょ。お父さんとお母さんの名前ともそうだし。何で、舞衣子と詩織になったの?」

「ははは、どうして、今になってそんな事を聞くんだ?」

「この前ね、倫ちゃんと話してたらさあ、そう言えば、って話になったんだよね」

「なるほど、なかなかいい質問ではあるな(笑)」

因みに、父の名前は寛太(かんた)と言います。詠人寛太です。長女の私が詠人舞衣子で妹が詠人詩織。母は詠人好子(旧姓 西好子)。全然共通点なんてないんじゃないの?と思えてしまう訳なんです。

あ、因みに、私、現在は戸籍上は青井舞衣子になっています。青井倫太郎さんとラブラブで結婚したので、うふっ。でも、ワーキングネームは詠人舞衣子のままです。

「舞衣子、おまえの名前はお父さんが考えたんだ。いい名前だなあ、ははは」

「じゃ、詩織の名前は?」

「それも、お父さんが考えたのだよ、ははは、いい名前だろ?」

「うん、いい名前だけど、謎なんだよね、由来が」

「ま、名前が韻を踏んでいない家族なんていくらでもあるから気にしなくていいよ」

「それもそうか。ま、いっか」

という事で会話は終了。お父さんは面白いですが、名前の謎は解けないままです。

お父さんはどこかへ出かけてしまいました。

「ねえ、お母さん」

「なあに?」

「ミュンヘンの事とか聞かないの?」

「あ、そう言えば、向こうの生活の事、全然聞いてなかったわね」

「でしょ」

「ちょっと待っててね。今、お茶入れるから」

「え、いいよいいよ、お茶なんて」

「何言ってんの、緑茶は日本独自の飲み物でしょ。久し振りに帰ってきたんだから、お茶飲みなさい、ね」

「はあい」

「そうよ、それに、健康にもいいのよ」

「はいはい、分かりました」

全く、いくつになっても子ども扱いされてしまうものなんでしょうね(笑)。お茶くらい、ミュンヘンでだって飲んでるんですけど、確かに、日本で頂くお茶の方が美味しいのは間違いないと思います。何ででしょうかって? 多分、水が違うからではないかと思うんですよね。日本と同じような水が海外で手に入るかというと、水道水では無理です。ヨーロッパもアメリカも大抵水道水は硬水なので、日本のような軟水の水道水とはかなり違います。それで、お茶の美味しさも変わるのではないかと思うのです。

「はい、お茶が入りましたよ、舞衣子」

「ありがとう、お母さん」

「どう?」

「うん、やっぱり、日本で頂くお茶は美味しいね」

「それは良かったわ。さ、お話を聞きましょ」

「何か、かしこまってそう言われると何だか話しづらくなるなあ」

「あらそう?私は大丈夫だけど」

「何か調子狂っちゃった」

「そう?ま、いいけど、調子出てきたら話してね、舞衣子ちゃん」

「何、急にちゃんとか付けて」

「いつまで経ったって舞衣子は私の可愛い子どもよ(笑)」

「もう37歳なんですけどねえ」

「いいじゃない、37歳。ステキよ」

「そうかなあ」

「舞衣子は、若い時は可愛くてピチピチしてたでしょ。それで、仕事始めてからは社会人らしくカッコいい女性になって、今もそう・・・。で、結婚してからは」

太ったって言いたいんでしょ」

「そんな事言ってないわよ。ちょっと丸くなっただけ(笑)」

「やだなあ、もう」

「いいのよ、それで。年相応だし」

「でもね、お母さん、今日も試してみようと思うんだけど、この家に残ってる昔の服あるでしょ?」

「ええ」

「この前、帰省した時にね、試しに着てみたの」

「そう、それで?」

「そしたら、胸のボタンがすっ飛んだ。あはは」

「そうなの、あはは」

「もう、あははのあははよ(笑)」

「あはは・・・」

「あはは・・・」

「今日も吹っ飛ぶかしらね(笑)?」

 

アメリカとドイツで絶え間なく訪れる脂肪分、糖分、塩分の摂取機会。何度も、イケないイケないと思いつつ、“美味しい”の誘惑にあらがえない私がおりました(笑)。

今日はボタンは吹っ飛ばずにすむのでしょうか?

1995年師走。夜は更けていきました。

 

 

第99話につづく

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