連載小説 第129回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、4月から久し振りの日本勤務です。

20世紀も終焉に近づいていく中、我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶発振デバイス)はどうなっていくのでしょうか。折しも、我々のオフィスに国税調査ご一行様がいらっしゃり、ちょっと苦戦中です。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第129話 翳りの始まり?

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の20年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て1999年3月に日本へ帰任しました。ミレニアムも間近です。家族は3人一緒でラブラブですよ。うふっ。

 

「まいった、まいった。舞衣子もプリントアウト手伝ってくれよ」

「まあ、可愛いトム君の頼みじゃ、しょうがないわね」

「可愛くはないけどな(笑)。でも、サンキューだよ、舞衣子」

「オペレーションの皆は納期調整に追われてて毎日忙しいけど、マネジャーの私くらいね、時間が取れるのは。トム君の方は誰か手伝ってくれるの?」

「ああ、吉川と古谷に頼んだよ。彼らも忙しいんだけど、SS-Systemsとの午前中のやりとりを一通り終えたら午後は手伝ってくれるってさ」

「良かったね、吉川君と古谷君が手伝ってくれて」

「残業になっちゃうな、みんな」

「うん」

吉川君はこの4月に大阪営業部から海外営業部へ異動してきた主任で、マイコンやスタンダードICのビジネス開拓を担当しています。英語を使っての仕事は初めてなので、NOVAに通っています。古谷君は入社以来、海外営業部で頑張ってくれていて、今はASICを担当しています。

そんな、貴重なメンバーにプリントアウトの単純作業をしてもらうのですから、心苦しいのですが、それも国税局というお上のご指示なので、少なくともこの2日間は仕方ありません。少なくともというのは、国税の我々に対する応対を見ていると、プリントアウトしただけでは済まないかも知れないという感じがあったからです。

私たちはプリンタの専用部屋に行って作業を始めました。

「それにしても、このプリンタは結構印刷が早くて助かるよな」

「そうよね。さすがエディソンね」

「うん。でも、膨大だよ。全部のメールを出すなんて」

「一体全体、何枚になるのかしら」

「そうだなあ、まだ始まったばかりだけど、1000枚くらいかなあ。それも、いちいち、メールを開けてプリント指示を出さないといけないから、時間がかかって大変だよ」

「でも、良かったわね、居室のプリンターは使わなくてよくて」

「うん。こんなプリンタ専用部屋があったなんて知らなかったよ」

私たちはとりあえず二人で作業を進めていました。午後には、二人が加わってくれて、作業は順調に進んでいきました。こういう時間も、たまには悪くありません。単純で難しい事は考えずに作業を続けます。

その日は、全体の60%くらいまでプリントアウトを終え、それからそれぞれ自分たちの仕事をして、オフィスを後にしたのが9時過ぎでしたが、一杯だけ飲んでこうか、という話になり、4人してビールで乾杯となりました。一杯だけの積りでしたが、一杯で終わらなかったのは予想の通りでした(笑)。

さて、国税局の厳しい調査がその後どうなったかと言いますと、プリントアウトを調べた調査官の方々が様々な質問を投げかけてきたのですが、どれも明らかに脱税だと判断されるような内容はないようでした。次第に「あれれ、これってスゴい金脈かもと思ったのに、実は全然いいところを掘り当てていなかったみたい」と思うようになったらしく、取り調べ(!)は急激にトーンダウンしていきました。

大山鳴動ねずみ一匹という言葉のとおり、大騒ぎした割りには、あまり大した事はなかったと最終的に判断したようで、それ以上の厳しい追求はないまま、ご一行様は別の事業部の調査へと移っていかれました。

ただ、確かに、何回か日本からの仕切り価格を下げたという事実はありました。そうしないとSS-Systemsが十分なグロスマージンを取れないまま、結果的に赤字になってしまいそうだったからです。しかし、それが市場価格の下落に伴う妥当な処置であったか、それとも、意図的に日本からアメリカへの利益移転を行ったかという点においては、見方によってどうとも取れるような内容で、これをその道の言葉では、「見解の相違」というのだそうです。

我々がアメリカで仕事をしていた頃のSS-Systemsは業績も良く、利益も十分取れていたのですが、4年ぶりに関わったSS-Systemsは、大口のビジネスが低迷して業績が悪化し、日本からの支援なしには赤字転落寸前という状態になっていました。

それが、仕切り価格をかなり下げるという事態に繋がっていたのです。我々が関わる前の年度の事ではありましたが・・・。

一般的に言えば、販売現法において、売上げが落ちたり、市場価格の下落によってグロスマージンが十分に取れなくなると、粗利に対して販管費がかかりすぎてしまい、営業利益が出なくなってしまいます。販管費の多くは人件費であり、短期的には人員削減が最も効果を発揮します。

日本や欧州では、アメリカに比べて労働者の待遇を守る傾向が強いので、あまり簡単にレイオフはできませんが、アメリカの社会ではリストラは比較的頻繁に行われていて、業績が悪くなると、レイオフを行うという事も珍しくはありません。それも法律的には認められているので、きちんとした手続きを踏めば、実行可能なやり方です。

だとしたら、SS-Systemsもさっさとレイオフでも何でもして、販管費を下げたらよかったのではないかという事になるのですが、きちんとした手続きを踏むための用意周到な準備ができていないと、レイオフした従業員から訴訟を起こされて大変な事になるというリスクもありました。

SS-Systemsの場合は、小規模なレイオフは行いましたが、十分な費用削減とはならず、利益を確保するには至りませんでした。アメリカにおいても、いったん大きくしてしまった組織は簡単に小さくできないのが実態でした。

半導体事業に少しずつ翳りが見えるようになっていました。

 

第130話につづく

第128話に戻る