連載小説 第164回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京から海外市場をサポートしています。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第164話 ブルー・オーシャン

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の26年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん変化していくので、ビジネスも大忙し。我々の半導体の売上げも2000年にはサイコー!だったのですが、その後、状況はめまぐるしく動いていきます。電子デバイス営業本部にも毎日のように変化が起こり、とうとう液晶事業は分離され、各事業ともに大きな変化が。2004年から、私もトム君も再び、半導体事業部に所属する事になりました。年々、売上げは下がり続けていました。

 

「トム君、それでそれで? ブルー・オーシャンへ行くにはどうしたらいいの?」

私はトム君と二人で何杯目かのビールをゆっくり飲みながら、我々の半導体事業の進むべき道を探っていました。

「うん、さっきも言ったとおり、最先端の技術で最先端の半導体を作って売るっていう市場は、かなりレッド・オーシャン化していて、うちの会社では勝ち目がない」

「そうだね」

「じゃ、どうするかなんだけど、大手があまり力を入れてこない市場で戦うって事なんだと思うよ」

「どんな市場?」

「例えば、今売れてる携帯電話向けの液晶ドライバーとか、車載向けの液晶ドライバーとかは比較的ブルーオーシャン市場で戦っていると言えるよな」

「うんうん」

「ただ、それも、いつまで続くか分からない。顧客のニーズを掴んで、新商品をどんどん出さないと、いつかは終わっちゃう」

「うんうん」

「今は、白黒液晶がメインだから、うちの技術で可能なんだけど、液晶のカラー化が進んだら、かなり厳しくなると思う」

「できないの?うちの技術で」

「液晶駆動の根本原理が違うから、かなり難しいんだ」

「それに合わせたICを作ればいいじゃん」

「それができれば苦労はないんだけど、そのためには大規模な投資をしないとできない技術なんだよ」

「じゃ、諦めるの?」

「残念ながら、現実的にはTFTカラー液晶には対応できないんだ」

「じゃ、指をくわえて見てろって事?」

「カラーLCDについてはそうなるな」

「それなのに、売上げが下がるのは営業が悪いみたいに言われて、それっておかしくない?」

「まあ、おかしいよな、そこだけみれば」

「でしょ」

「だけど、だったら次の手を考えるのが我々の仕事だろ」

「まあ、そういう事なんだろうけど」

「そこで、我々の技術でやれそうなところを事業部と一緒に探ってるところなんだよ」

「毎週、トム君が事業部へ出張してるのは、そのためね」

「ああ」

今になれば分かるのですが、事業の行く末は、先を読む力によります。事業の責任者は先を読む力を自分自身が持つか、そうでなければ、それができる人たちを育てて、戦略を立てる強力な組織を作るかが必要です。市場全体が勝手に伸びている時は、極端に言えば、誰がやってもそれなりに上手くいきますが、市場が成熟し、競争が激しくなってレッド・オーシャン化した後は、事業戦略と商品戦略がしっかりしていなければ、事業は衰退します。

残念ながら、我々にはその力が十分備わっていませんでした。誰もマーケティングを学んでいなかった頃です。

しかし、それでも、不十分な力ながら、事業部は営業とともに、ブルー・オーシャンで戦うべく戦略を考えてはいたのです。

「ねえ、トム君、それで、我々のブルー・オーシャンってどこにあるの?」

「今、事業部と考えているのは、センシング・ソリューションの領域なんだ」

「何、それ?」

「センスしてソリューションするって事だよ、アハハ」

「何よ、また、文系の私には分からないだろうみたいな事言って。ちゃんと言いなさいよ!」

「それは申し訳ない、舞衣子どの」

「トム君だって文系でしょ」

「すまぬ、すまぬ。では、この話、聴いてくだされ」

「聴くわよ」

「あのさ、うちの半導体って最先端はできないけど、ローテクはまあまあオッケーじゃん?」

「そうよね」

「で、ローテクでできるのは、先端ロジックLSIではなく、例えば簡単なマイコンみたいなところな訳よ」

「我々のルーツ、4ビット?」

「あ、まあ、4ビットまで下げなくてもいいんだけど、8ビットとか16ビット程度でも、簡単な事はできるだろ?」

「どのくらい簡単なこと?」

「例えば、歩数計ってあるじゃないか」

「うん」

「あの、ちょっとした計算とか表示とかだったら、8ビットとか16ビットのローテクで十分だろ?」

「そうね」

「で、そこにだ、センシングを入れ込む」

「センシングって、何のセンシング?」

「例えば、加速度センサーとか入れれば、歩数計はすぐできるし、温度センサーとか入れれば、気温や体温を表示する事もできるだろうしな」

「え、そんなんで大丈夫なの? 買ってくれる人いるの?」

「いや、ま、それは、考え方の一例であって、もっと何が必要かとか、何を入れればどんな事ができるかとか、それはニーズに合わせて検討するって事だよ」

「そのセンサーはワンチップに入れる事ができるの?」

「いや、センサーそのものは外付けなんだけど、そこから先はうちの技術力次第だな」

「うちって、技術力が低下してるんじゃないの?」

「ま、最先端技術はダメだけど、ローテクでカバーできるところはやってやれない事はないんじゃないか?」

「そうなの?」

「それと、システムソリューションにすればいい訳だし」

「ホント?大丈夫? 何か、ピント来ないなあ」

「ま、舞衣子、そこは、事業部の叡智を結集して、これから開発していく訳だから」

「え、トム君ちゃんと理解できてる? あんまり、大丈夫に聞こえないけどなあ・・・」

 

というような話をしていたのを思い出します。

ビールジョッキの泡沫は、ふわーっと、更に頼りなく上がっていきました。

 

 

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