連載小説 第165回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京から海外市場をサポートしています。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第165話 2006年度事業計画

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の26年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん変化していくので、ビジネスも大忙し。我々の半導体の売上げも2000年にはサイコー!だったのですが、その後、状況はめまぐるしく動いていきます。電子デバイス営業本部にも毎日のように変化が起こり、とうとう液晶事業は分離され、各事業ともに大きな変化が。2004年から、私もトム君も再び、半導体事業部に所属する事になりました。年々、売上げは下がり続けていました。

 

「ええ、それでは、来年度の販売見込みの集計値を発表します」

とりまとめ役の営業推進課長が口火を切りました。

「今年2005年度が〇〇〇〇億円の見込みに対して、来年2006年度の一次集計値は〇〇〇億円です」

一堂に、どよめきが走りました。その数字が1000億円の大台を割り込んでしまっていたからです。2000年の売上げがピークとなってから、年々ビジネス案件獲得が減少するようになり、売上げ金額も減少していました。そして、その年2005年度は、1000億円を超えそうな見込みでいたものの、翌年度2006年度の売上げ見込み第一次集計は1000億円を割り込む数字になってしまったのです。

当時、我々の半導体事業は、フラッシュメモリーのような汎用品は殆ど扱っておらず、カスタム色の強いビジネスが主流でした。どの顧客にどの製品が売れるのかが紐付いているケースが多いのですが、難しいのは、ビジネスが取れてから売上げに繋がるまでにはかなりの時間が必要で、最低でも3ヶ月、多くは半年以上経たないとボリュームのあるビジネスに育たないというのが常でした。従って、売上げ予測は比較的立てやすいのですが、それまでの期間に案件が十分に取れていないと、売上げは見込めません。

2006年度の売上げ見込みは、それまでの時点でどれだけ十分な仕込みができていたかの結果を反映するのですが、思うように新規ビジネスは取れていないのが実情でした。

年々、技術革新が世間に追いついていない中で、新製品も少なくなっていたため、新規ビジネスを開拓できなくなっていたのです。我々のローテクでも戦えるセンシングソリューション用途のマイコンを強化しよう! というような話はされていましたが、それはこれからの話ですし、それ程大きなボリュームが見込めるかは未知数でした。

「さすがに1,000億円を割り込むのは厳しいですね。何とか売上げ計画を積み上げられないでしょうか」

力なく営業推進課長が言いました。

ピークの2000年度には2,000億円近くを売上げていた事を考えると、そこからわずか6年で1,000億円を割り込むというのは、あまりにひどいと誰もが思っていました。

しかしながら、この時、殆どの出席者には分かっていたのです。これまでの段階で十分な案件が取れていない状況では、これからどう頑張っても自力で2006年度の売上げを伸ばす事は簡単ではないという事を。この時点でできる事は、できるだけ新規案件を獲得する事ですが、それは良くて2006年の後半、多くはその次の年(2007年度)の売上げに繋がるものなのです。そのくらい、案件獲得と実際の売上げの時期にはタイムラグがあるというのが、我々の半導体ビジネスでした。

「トム君、どうすんのよ」

私はトム君の横の席にすわっていたので、小声でついそんな事を言ってしまったのですが、彼は突如、営業部の部課長たちに対して声を張り上げました。

「とにかく、こんなんじゃ、半導体事業が立ち行かなくなっちゃいます。皆さん、何としてでも1,000億円は維持しましょう! それぞれの拠点ごとに計画値を見直してください!」

おお!と、どよめきはあがりませんでしたが、無言の中、全員が、おお!という顔に変わりました。

筆頭部長のトム君がそう言うのですから、そうするしかないな、という空気が走ったのです。まあ。獲得できている案件は殆ど決まってしまっていますが、案件毎の需要数、すなわち我々の売上げはマーケットの状況にもよります。つまり景気が少々良ければ、売上げもある程度、上振れはするのです。

単年の事業計画値は、強気にも弱気にも作る事はできます。ですから、例えば、集計値の950億円を1,000億円に修正するのは数字上は容易です。ただ、それは数字の操作のような話であって、問題の本質とは別の話です。

その事を分かっていながらも、トム君は営業部員たちを鼓舞するしかないと思ったのでしょう。営業の士気は落とさないようにして販売活動は続けながら、根本的な課題は事業部とともに解決していく、という事なのです。

トム君の1,000億円は維持しましょう!の発言はカッコ良かったですが、本質的には問題を先送りしていただけだったのかも知れません。

あああ、我々の半導体事業って、なんでこうなっちゃったの?

ただ、それは、多かれ少なかれ、日本の全ての半導体事業に言えていた事でした。

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