連載小説 第169回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第169話 コモディティ化

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん進歩していくので、我々の半導体の売上げも伸び続け、2000年にはサイコー!だったのですが、その後、年々売上げは下がり続けていました。どうなっちゃうの私たち?

 

「おーい、舞衣子~」

「どうしたの、トム君」

「売上げはあがっているかなあ~?」

「上がっていませ~ん

「新規案件は取れてるかな?」

「取れてませ~ん

「そっか~、まいったなあ~」

「まいりましたですう」

「じゃあ、かんぱいだあ~」

「かんぱ~い!」

私たちはカラ元気を出そうとしながらも、全然さえない感じでビールを乾杯していました。全くねえ。悲しいですねえ。

「ところで舞衣子ちゃん」

「何よ、急にちゃんづけで(笑)」

「うん、営業部長ってのも、売上げも新規案件も低調だと、なかなか厳しいもんだなあ」

「わかるよ、トムきゅん

「分かってくれるかい、舞衣子たん

「うん、トムきゅん」

「あはは」

「あははは」

「あはははは・・・」

トム君は少々壊れ気味でした。入社以来26年間も半導体や電子デバイスの営業をやってきましたが、一番苦しい時期にさしかかった時に筆頭営業部長に指名されてしまったのですから、厳しいに違いないのです。何とか助けてあげたいのですが、できる事は一緒にビールを飲む事くらいで、本質的な問題解決をする事ができませんでした。

私も営業部の一員ですから、同じ責任を背負っているに違いないのですが、やはりトム君は半導体事業部の営業部のトップですから、そのプレッシャーは大きかったのです。

「ねえ、トム君、私思うんだけど、一度、真面目にマーケティングの勉強してみない?」

「うん、俺もそれを考えていたところなんだよ」

「そうよね。今の営業部って、何かが起こったら対処しようとしているだけで、プロアクティブに対応できていないでしょ」

「そうなんだよ、営業だけじゃなくて、事業部がそうなんだよな」

「でしょ」

「もっと言えば、電子デバイス事業全体がそんな感じだったし、会社全体もそうなのかもな」

「それを言うなら、日本の電子デバイス産業全体もそうなのかもね」

「ああ、そうなのかも知れないよなあ」

かつて、世界一を誇った日本の半導体産業でしたが、今では、本家の米国だけでなく、台湾や韓国に負けっぱなしなのでした。

半導体に限らず、液晶事業もそうでしたし、家電なども同じような状況に陥っていきました。

家電といえば、日本の家電が世界中に売れていた時代もありましたが、その凋落ぶりは悲しいほどでした。何故かといいますと、家電に難しい技術は必要なくなり、新興国が安価な労働力をもって基板や部品を組み立てる事ができさえすれば、それなりの完成品を作れるという時代に変わってきたからです。香港や中国、台湾や韓国のメーカーがぐんぐん売上げを伸ばしていったのでした。

ラジカセという製品がありました。かつては、日本の殆どの家電メーカーが製造販売し、世界中で売れていたのですが、それは在りし日の栄光となり、それ程の難しい技術を必要としなくなったラジカセは新興国の製品にとって替わられていったのでした。ラジカセの技術的優位性を考えてみますと、ソニーがトランジスタラジオを開発した頃の先進的技術は、時を経て他の誰もが作れる技術になり、カセットテープレコーダーという技術も同様の状態になっていました。

売上げを伸ばすと、技術力も向上していきます。技術力も品質も劣る中国はとるに足らずのように思われていたものですが、新興国を甘く見ていた日本メーカーは過去の成功体験から抜けきれず、有効な対策を打てないまま、急速に発展する中国に陣地を明け渡していったのです。

これらの現象は、製品のコモディティ化としてまとめる事ができます。時期の早い遅いや、コモディティ化の度合いなど、製品によって違いはありますが、日本の電機電子メーカーが携わってきた製品の多くは、技術的な優位性が薄れ、コストが最大の優位性となるコモディティ化の波にさらわれていったのです。

どうやったら、優位性を守り続ける事ができるのか。それは、永遠の課題です。優位性を維持する事が構造的に難しいのであれば、産業そのものを変化させていく必要があるのかも知れません。

半導体も同じような状況になっていきました。

次回は「ゆでがえる」について考えてみたいと思います。

 

 

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