連載小説 第171回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第171話 マーケティング戦略だな

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん進歩していくので、我々の半導体の売上げも伸び続け、2000年にはサイコー!だったのですが、その後、年々売上げは下がり続けていました。ゆでガエル状態?どうなっちゃうの私たち?

 

「トム君、この前、ゆでガエルから抜け出そうよって話をしようとした時、ちゃんと聞いてくれなかったよね」

「な、なにをおっしゃる舞衣子さん」

「私の話より、自分のビールの追加の方が大事だって感じだったじゃん」

「や、そ、そんな事はないと思うよ。一応、あの時は、舞衣子の分も発注かけたし、その後、落ち着いて話を聞こうと思ってたんだよ」

「あ、そ。私の分もオーダーしたから、いいんだ」

「いやいや、そ、そういうわけじゃないけど・・・」

結局、前回は、その後でそれぞれに電話が入ったりして、きちんと、ゆでガエルからの脱却の議論もできないまま、解散したので、今日はちゃんと話そうと意気込んできたわけです。

「ねえ、トム君、どうして私たちゆでガエル化しちゃったと思う?」

「うん、俺も、つらつら考えてはみたんだけどさあ、やっぱ一番は成長期に自分たちに投資をしてこなかったからだと思うんだ」

「ほう、ほう、今日はちゃんとお話しし始めたわねえ。何の投資でしょうか」

「直接投資としては、事業戦略をしっかり立てるための投資だな」

「で、間接もあるの?」

「うん、自分たちの実力をもっと上げるための投資かな」

「どういう事?」

「本来、事業戦略って組織のトップが立てるべきものだろ?」

「ま、そうね」

「ただ、それでいくと、組織のトップに先見の明がなかったり、判断を間違ったりしたら、最適でない戦略に従うだけになっちゃうじゃないか」

「そうね」

「そもそも、自分たちがしっかり意見を出したり、議論に参加しないと駄目だったんだよ」

「ほう、そうなのね。でも、その機会だってあったでしょ」

「ああ、今、考えると浅はかだったよ。それができる立場だったのに、それを活かせてなかったからなあ」

「なんで?」

「基本的な勉強不足さ」

「あら、殊勝な事言うわね。何が勉強不足だったの?」

「マーケテイング戦略だな」

「おお!」

トム君から、ようやくあるべき発言が出てきました。

実のところ、当時の我々の営業組織には、マーケティングという言葉は全く聞かれていない状態でした。今考えると何で?という感じですが、不思議なほど、科学的な理論付けがないまま、竹槍営業のような事を繰り返していたのです。それは、ビジネスも先細ります。どんな市場向けに、どんな商品を作って、どんなやり方で販売しよう、とかをしっかり考えていけば良かったのですが、あるモノを、既にある顧客に売る、という残念な営業スタイルが横行していました。そのような営業スタイルでも、時には顧客の要望を掴む事ができて、それなりに売れる商品を作る事もありましたが、成長期と違って、そのような僥倖はそうそうたやすく訪れないようになってきていました。

事業が伸びている時期は、たいてい誰がどのようにやっても上手くいってしまうものです。しかし、環境が変わって、そうも行かなくなった時に、いかにして戦略的に事業の舵取りができるか、いかに先見性をもって新しい事にチャレンジできるか、それをどれだけ機敏にやれるかが勝敗の分かれ道です。

我々一人一人がその力を持っていれば、もう少し違った動きをしていたかも知れません。しかし、自分で言うのも恥ずかしいのですが、マーケティングなんて勉強した事もなかったのでした。あああ、もっとちゃんと科学的に考えれば良かったなあ。

模倣や二番煎じで何とかなっていた時代が終わった時、時代が変わった事に気づかないまま、ゆでガエルになってしまっていたのです。

もう一つの不運は、組織の先人たちに力が欠けていた事です。まあ、これは「人のせい」的な話になってしまうので、言っても仕方ないかも知れませんが、仮に、先人が、マーケティング戦略もしっかり学んで、先見性をもった舵取りができる集団であったら、そういった影響を享受する事ができたかも知れません。自分たちも科学的、論理的に戦略を考える事ができたかも知れないのです。或いは、自分で考えられなくても、考えられる人に頼るとかができる集団であったなら、今とは全然違っていたかも知れません。

しかるに、残念ながら、我々が育てて貰った組織は、真逆の集団で、よく考えずに一応の営業戦略は立てるものの、とにかく突き進め的な営業スタイルを長年続けてきていたのです。

でも、だったら、自分でマーケティング学んで、自分で集団を育成したら良かったじゃん、という話です。そうなんです。しかし、その頃はまだ分かっていませんでしたねえ。トム君も私も。

そうこうするうちに、外部のコンサルタントに助言をもらって戦略を策定するという方策を事業部も会社全体も考えるようになっていきました。

すくなくとも、自分たちが、ゆでガエル化していると気づき始めてはいたのでしょうね。

 

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