連載小説 第172回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第172話 品質管理の先生

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん進歩していくので、我々の半導体の売上げも伸び続け、2000年にはサイコー!だったのですが、その後、年々売上げは下がり続けていました。ゆでガエル状態?どうなっちゃうの私たち?

 

「ねえトム君、最近、事業部で先生を呼んで勉強会みたいのをしてるって言ってたじゃない?」

「うん。あ、すいませ~ん。生中、追加で!

「ちょっと、聞いてんの?」

「ごめんごめん、先行発注はオッケーって言ってたかな、と思って・・・。あの、先生の話な」

「そうよ、ちゃんと言いなさいよ」

「何を言うんだっけ?」

「その先生にどんな御利益があるのかよ」

「うん」

「はい、簡潔にどうぞ」

「簡潔かあ」

「1分以内ね」

「分かった。まず、事業部としては製造業として品質を担保したい。そのために、有効な仕組み作りと、人材の育成をしたいって訳だ」

「ふんふん」

「でだなあ、課題もある訳だよ」

「でしょうね」

「まあ、一番の課題は、品質が安定していないってところじゃなくて、人が育っていないってところだろうね」

「ま、最近、大きな品質問題も起きていないものね」

「うん、その点はこれまでの蓄積で何とかなってるんだろうけど、将来にわたってそれが担保されるかどうかは、人材を継続的に育てて、品質体制を維持向上させる事だろうからね」

「そうね。で、その高名な先生って、どんな人なの?」

「何でも、有名半導体メーカーの品質管理部門の責任者を長く務められて、最近定年退職された方らしいよ」

「へええ。そうなんだ」

「多分、何ヶ月か前から始めたみたいなんだけど、月1回訪問してくれて、事業部の部課長が参加しているみたいだな。俺もこの前、出てみない、って言われて参加してみたんだよ」

「どうだったの?」

「うん、まあ、いいとは思うんだけど」

「何よ」

「俺には、ちょっとピンと来なかったかなあ」

「そりゃ、製造側の人じゃないからピンとも来ないでしょうけど」

「ま、それもあるんだけどさ、ちょっと違和感があるんだよな」

「どんな?」

「先生は中身分かってないからさ、仰る事がどうにも抽象的な感じなんだよ」

「そんなの仕方ないでしょ」

「うん、まあ、そうなんだけどなあ・・・」

トム君は空になった2杯目のビールジョッキを掲げたまま、考え込んでいるようでした。

自前で全てをカバーできない場合、アウトソースを使うという事は、企業などで当たり前に行われている事です。半導体業界においても、製造の前工程も後工程も、その全部か一部をアウトソースするなどは常識的に行われています。賢い米国系半導体メーカーは、商品企画、設計だけを行って製造は全部アウトソーシングし、販売部分は自分でやって、売上げ、利益を上げるというファブレス方式で成功しているところも多くなっていました。当時はQualcomm社などが急速に伸びていました。今なら、NVIDIAですね。

一方、日本の半導体メーカーの多くは、全てを自社でやる垂直統合型で、かつては成功していましたが、2000年以降はそうとも言えなくなっている状況でした。

今回、話題になっている、品質管理の高名な先生に教えを請うのも、全く同じ話なのです。機能の一部をアウトソーシングするという事であり、全く理に叶った方法です。外部のコンサルタントに自社の足りない部分を補完して貰うという事は、私は事業部にとっては良い話だと思っていたのですが、トム君は考え込んでいました。

「お待たせしました~。生中です」

「あ、ども」

トム君は空のジョッキを渡して、

「分かった!」

と言いました。勿論、店員さんに対してではなく、私に、でもないですね、自分に対してのように言いました。

「なんか、違和感あるよな~って思ってたんだけどさ」

「うん」

「先生の仰る事はごもっともで、いいんだけど、それを内部的に具体化するプロセスがないんだよな」

「なるほど」

「当然、先生の指導は抽象化した話になるんだけど、それだけじゃ、みんなピンと来てないんだよ」

「そういう事なのね。じゃあ、どうすればいいの?」

「先生の話を咀嚼して、じゃあ、この問題はこうしようとか、この考え方はこう改めようとか、この部署はこう動こうとか、指示か提案を出せる通訳的な機能を置かなくちゃと思うよ」

「それって、事業部長とかが、出席してるんでしょ? その場でやればいいんじゃないの?」

「俺が出席した時は、事業部長はいなかったなあ」

「じゃあ、代わりのできる人は?」

「何か、いたような、いないような・・・。でも、出席者は課長クラスが多かったかなあ」

「じゃ、トム君がやれば?」

「できる訳ないだろ。俺に工場系の話が適任だと思ってるのか、舞衣子?」

「思ってないよ、ふふふ」

「変な事いうなよな」

「でも、その機能していない部分が大事なんだったら、やり方とか、出席者とか変えなきゃね」

「ま、そういう事だな」

「今度、事業戦略会議か何かで課題提起すれば?」

「うん、まあな・・・」

「何よ」

「いやあ、売上げ上がらない営業部長の話なんて聞くかなあ、って思って・・・」

「何、弱っチョロい事言ってんのよ、もう。ビール行くわよ。すみませ~ん、生中あと2個追加で!」

私がオーダーする声は、店内に響き渡っていました。

 

 

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