連載小説 第177回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第177話 インディアでトム君も考えた

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。2000年にはサイコー!だった我々の半導体の売上げは年々下がり続けていました。どうなっちゃうの私たち? 会社はコンサルを使うなどして事業戦略を立て直そうとしていましたが、そんなに簡単にいく訳もなく・・・

 

何が足りなかったかと言えば、グランドデザインでしょうか。私たちの半導体事業です。どのようなリソースを用いて、どのような市場に、どんな商品構成でいくのか。そして、どんな強みをもって差別化し、競合に負けないビジネスを展開していくのか。考えなくてはならない事はヤマほどあったのですが、どれもその場しのぎの活動で、しっかりしたグランドデザインの上に成り立っているとは言えない状況でした。

市場や業界がほっといても伸びていく時期は、色々考えなくても何とかなってしまうものです。しかし、ひとたびダウンターンに入り込むと、余程しっかり戦略を立てない限り、生き残っていく事はできません。日本の電子デバイス事業全体がそうなってしまっていました。とりわけ、半導体事業は大苦戦の連続となってしまっていたのです。

我々営業部もジリ貧の連続にならないよう、新規ビジネスを開拓しようと必死でした。そんな時に舞い込んできたのは、これまで殆どビジネスがなかったインドからの案件でした。何でも、デジタルオーディオ関連の新規アイデアで、とても大きな数量ポテンシャルがあり、高度なテクノロジーは必要なくて、我々のリソースでも対応できそうなマイコンベースのカスタムICだというので、これはやってみる価値がありそうだという話になっていました。

それまで、インド市場には大きなビジネスは成り立っていなかったので、代理店任せで細々と営業を展開していたのですが、技術が急速に進歩しているインドで、しかも人口も桁違いに多い国の話ですから、もしかしたら、スゴいビジネスに化けるのではないかと、今考えれば、現実以上の期待を抱いてしまっていたのでした。しかし、ジリ貧だった私たちは、やるしかない、みたいな雰囲気に支配されていて、とにかく客先へ出向いて話を詰めよう、という事になっていました。

設計と営業の責任者が飛んでけみたいな事になり、トム君はインドへ旅立っていったのです。インドへは、シンガポール経由でまる一日がかりのフライトだそうで、かなり大変だったようですが、無事、バンガロール空港へ降り立ったそうです。インド市場はシンガポールの現地法人が担当しており、シンガポールから日本人赴任者も合流してくれたようです。

かくして、ビッグビジネスをインドで開拓できたのか、トム君が帰国した翌日に私が聞き出した話が以下のとおりです。

「お疲れ様、トム君。で、スンゴいビジネスは取れたの?」

「あははは、まあ、その・・・」

「え、鳴り物入りで、設計部長の尾之上さんも一緒に行ったんでしょ?」

「まあ、そうなんだけど、ねえ・・・」

「じゃ、取れなかったって事?」

「うん、まあ・・・」

「何しに行ってきたのよ」

「いやあ、最初は大きな話だって聞いてたんだけど・・・」

「だけど?」

「先方の企画がまだ固まってなくてさ・・・」

「ええ?」

「出向いていって話すレベルにはなってなかったってとこかな・・・」

「どういう事?」

「まあ、よくある話ではあるんだけど、情報不足だったっていうか・・・」

「じゃあ、まだ話はこれからって事?」

「うん、まあ、そうかな・・・」

「しっかりしてよ、トム君!」

「あ、ああ、これから先方の企画次第で・・・」

「もう(怒)」

ま、私がここで怒っても仕方ないのですが、情けないったらありゃしない、って感じでした。そもそも、インドの代理店経由、シンガポール現法経由で伝わってきた商談は、盛りに盛られて、スグにでも大きなビジネスが取れるかもみたいな話になっていたのでした。実績のないルートでの商談はよくよく確認してとりかからなければイケないと分かっているのに、ジリ貧の私たちは、ついつい勇み足をしてしまう状態だったようです。

「で、バンガロールの他にも行ったの?」

「うん、ゴアとニューデリーへ行ったよ」

「お客さんや代理店は回れたの?」

「うん、何軒かは」

「そっちでの案件は?」

「インド市場は、まだまだこれからだってところかな」

「ふ~ん。で、カレーは美味しかったの?

「ああ、美味かった」

「毎日、カレーなの?」

「ま、全部って訳じゃないんだけど、ほぼそんな感じかな」

「他には何か面白い事あったの?」

「街に人が一杯あふれていたなあ」

「あとは?」

「仕事終わった後、世界遺産に行ったよ」

「へえ、良かったね、そういう時間もあって」

「ああ」

「それで?」

「綺麗なサリーを着た人たちが歴史のある建造物を見ていてさ、その向こうに沈んでいく夕陽を見ながら、俺も考えたんだ」

「何を」

「ちょっとうまく言葉にできないんだけど・・・」

「なんなの?」

力が足りないなあって事かな・・・」

「え?」

それっきり、トム君は黙り込んでしまいました。

ビールジョッキの泡だけがゆらゆらと上っていきました。

 

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