
桜田モモエ
<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?
(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら)
第179話 なりたかった職業
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。2000年にはサイコー!だった我々の半導体の売上げは年々下がり続けていました。どうなっちゃうの私たち? 2007年、私とトム君は転機を迎えていました。
「お疲れ様、トム君!」
「いや、お疲れ様だったよ、舞衣子!」
「あんまり、気合い上がんないけど、乾杯しましょ」
「ああ、いったん乾杯だな、ここは」
「じゃあ、かんぱ~い!」
「かんぱ~い!」
という訳で、私はトム君と二人でご苦労さん会をしました。何のご苦労さん会かと言いますと、営業部のリストラをいったん終えたというご苦労さん会です。
「あああ、ビールは美味しいけど、苦いですねえ、トム君」
「うん、今日のビールはちょっと苦いなあ、あはは」
「でも、仕方ないもんね」
「うん、仕方ないな」
「それもこれも、私たち自身ができてなかったって事よね」
「まあ、そういう事だな」
「チーム全体のパフォーマンスではあるけどね」
「うん、そうだ。誰がどうだって話じゃないけどな」
「今更だけど、勉強不足でした、私」
「俺もだよ、まったく」
「もっと早くからちゃんと勉強してしっかり考えてたら違ってたかも知れないね」
「そうなんだよな。かっこ悪いな、俺たち」
「ま、愚痴っててもNo Gingerだから、次の事考えなきゃね」
「お、久しぶりに聞いたぞ、No Ginger」
「ほんと、No Gingerだよ」
「ああ、しょうがないよな、次の事考えよう」
という感じで、いったん区切りをつけた積りなのでしたが、内心まだもやもやしていました。何故かといいますと、リストラを終えたトム君と私がリストラされる事になり、その後どうするかが決まっていなかったからです。
「ねえ、辞めてもらったミドリさんなんだけどさあ」
「アメリカ向けのオペレーションやってたミドリさん?」
「そうそう」
「どうしたの?」
「だんなさん、インド系のアメリカ人でしょ」
「うん」
「アメリカへ戻るのをやめて、日本でカレー屋さんやるんだって」
「へえ、面白そうだな」
「ミドリさん、それを手伝うのか?」
「ま、しばらくはそうかもね。でも、赤ちゃんも欲しいんじゃない?」
「ああ、そうだよな」
「ミドリさんの赤ちゃんって可愛いよ、きっと」
「だろうな」
「どっちにしても、新しい人生だよね、二人にとって」
「ああ、ミドリさんもハッピーだといいな」
「そうだね。みんなハッピーになってほしいよ」
「うん」
「でね、トム君、私たちはどうなの?」
「どうなのって言ってもなあ」
「二人で会社辞めて蕎麦屋って訳にもいかないでしょ?」
「そばの技術はないしなあ(笑)」
「やっぱ、社内異動かなあ・・・」
「・・・だな」
「なんか決まってるの、トム君は行先?」
「いや、この前、本社の管理部門はどうかって言われたんだけど、二つ返事でハイハイって感じじゃなくてさ、ペンディングだよ」
「なんか、うちの会社って、あんまり断定的にしないよね、こういう話の時」
「ああ、いいのか悪いのか分かんないけどな」
「良きに考えれば、従業員の意思をまずは聞いてくれるって事なんだろうけど、他の会社だったら、一発辞令で有無を言わさずってところも多いんでしょ?」
「ああ、そうみたいだよな。でも、この辺がEDISON のいいところなんじゃないか?」
「でも、その分、意思決定が遅いって事だよね」
「まあ、一長一短じゃないか」
「ま、そのおかげで、私たちも考える時間があるってもんだよね」
「ああ、1か月くらいのうちに決めましょうって事だからな」
「どうする、トム君?」
「どうするかなあ・・・どうする、舞衣子?」
「どうしようかねえ・・・」
私たちには、長年にわたって籍を置いてきた半導体営業部に別れを告げる時が来ていたのです。その間、海外赴任したり、半導体だけでなく、液晶や水晶などの電子デバイス全般を扱ったりしてきましたが、数えてみると27年です。電子デバイスはサイコーエジソン株式会社の主力事業の一つではなくなり、プリンターやプロジェクターなどのOA(オフィスオートメーション)関連のビジネスが主柱となっていました。そうなると、そちらの事業へ転籍できればという選択肢もあるのですが、あまりに長年デバイス関連の事業に携わってきていると、かなり敷居が高く感じられてしまうという気持ちもありました。ま、そんなものでしょうね、人の心は。
それで、もう一つの選択肢はと言えば、EDISONにこだわらず、外部の企業へ転職するというのもありました。実際、そのようにして転職していった同僚や部下も少なからずいましたし、トム君もいくつかそういうチャンスはあったようです。本人にそう聞きました。
更に、別の選択肢と言えば、蕎麦屋とかカレー屋とかでしょうか。それはちょっとハードル高いしなあ。
「ねえ、トム君、蕎麦屋は無しだっていうんだったらさあ」
「ん、なんだよ」
「ホントはなりたかった職業ってのもあるんじゃない?」
「ホントはなりたかった職業か?」
「うん」
「舞衣子は何だよ?舞妓か?」
「あはは、寒いよ」
「じゃ、なんだよ?」
「私ねえ、歌って踊れる舞台女優ってなってみたかったなあ」
「そうだよな。舞衣子、なんでも上手かったもんな」
「トム君は?」
「俺か? 俺はシンガーソングライターだな」
「ああ、そうだよね。今も曲作ってるの?」
「いや、最近はあんまりやってないなあ」
「やればいいじゃん」
「そうだなあ。その手もあるか・・・」
「大当たりすれば、ミリオネアも夢じゃないよ」
「そうだな」
「ね」
「うん」
「やりたいよね、そういうの・・・」
「ああ・・・」
異動先の決まっていない私たちは、そんな話をしながら、3杯目のビールで乾杯していました。
お気楽ですねえ、まったく(笑)
第180話につづく