連載小説 第168回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第168話 売上げは下がる一方、そのワケは?

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の26年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん進歩していくので、我々の半導体の売上げも伸び続け、2000年にはサイコー!だったのですが、その後、年々売上げは下がり続けていました。どうなっちゃうの私たち?

 

さて、前回は2006年イナバウアーの頃のお話をしているうちに、いつの間にか1972年札幌オリンピックの頃へとタイムスリップしてしまい、少々回り道をしましたが、今回は2006年へ戻ります。

何と言っても、私たちサイコーエジソン株式会社の半導体事業が、新商品の開発も新規ビジネスの開拓も年々減少し続けるという負のスパイラルへ落ち込み、そこから抜け出せないでいたというのが最大の問題でした。

「それでは、前回結論が出ないまま、新年に持ち越してしまった翌2006年度の売上げ計画ですが、修正を加えた後の新たな集計値を発表します」

新年最初の営業会議で、営業企画管理課長の小田君が口火を切りました。

「ねえ、トム君、1,000億は行ったんでしょ?」

私は隣に座っていたトム君にこっそり聞きました。

「ああ、ぎりぎりだけどな」

「じゃあ、何とかなるね」

トム君も私も、それはただの数字でしかない事は分かっていましたが、いったん計画値を大台に乗せた形にまとめて、事業部へ提出するしか収まりようがないと思っていました。

「集計値は1,001億円になりました!」

小田課長がそう告げると、会議の場には、ちょっとした安堵の空気が流れました。

「では、富夢部長、コメントをお願いします」

そう振られて、トム君は立ち上がりました。

「皆さん、新たな集計値をいただき、ありがとうございました。何とか、1,000億円以上を目指してやっていくという数字になりました。ただ、これはあくまでも売上げ計画の数字です。それよりも大事なのは、お分かりかと思いますが、更にその先を見据えて、新たなビジネスを開拓して行く事です。言ってみれば、2006年度の1,001億円は、これまでの新規ビジネス開拓活動の結果にすぎません。我々の使命は長期的にサイコーエジソン株式会社の半導体ビジネスで継続的に売上げを確保し、収益を上げていく事です。これから注力すべき事は、日々の売上げの数字に一喜一憂せず、十分な新規ビジネス開拓を行う事ですので、間違わないように。以上!」

おお、何と先見性のある発言でしょう。トム君、ブラボー!と思った矢先、

「日々の売上げも確保しなくては、将来もないんじゃないですか?」

と国内営業課長が言いました。一瞬、そうだ、そうだ、という雰囲気が立ちこめ、私は、「はて?」 と感じたのですが、更に別のメンバーが、

「富夢部長の仰る事は分かりますが、まずは、毎月の受注をしっかり確定させ、納期を確保し、それによって、売上げの確保をするのが大事なのではないでしょうか。そうやって1,000億円の大台を確保しないのであれば、将来もありません」

あらあら、この方々たち、トム君の言ってる意味分からないの? どうして、目先の事しか考えられないの? と心配になり、私は思わず立ち上がっていました。

「ねえ、みんな、自分たちで獲得してきた案件が将来どれだけのビジネスになるか分かってますか? きちんと、そういう管理はしてるのかなあ? それは勿論正確な数字は分からないでしょうけど、大体どのくらいの規模の新規案件獲得ができているかで、今後の予測がたつでしょ? 簡単に言えば、一年間で1000億円規模以上の新規ビジネス獲得ができなければ、将来は先細りになっちゃうって事ですよね? これまでの数年間、そういう考え方ができていなくて、新規ビジネス獲得が減少し続けてきたから、年々売上げが落ちてきちゃったんじゃないかな。私だって、自分が担当するところの全てを把握できている訳じゃないけど、新規ビジネス獲得が不足している事は案件リストの集計で分かってはいます。だから、目の前の売上げの数字に一喜一憂するんじゃなくて、新規獲得にもっと力を入れなくちゃならないってトム部長も仰っているんじゃないでしょうか?」

一瞬、会議室の空気が止まったように見えました。

でも、私は恐れ知らずに言ってしまった訳です。だって、トム君が、長期的に売上げを維持するには新規ビジネスの獲得が絶対必要だと、あんなに一生懸命伝えているのに、全然理解してくれていないんですから。

そうすると、私の発言に対して、営業企画管理課長の小田君が助け船を出してくれました。

「ええ、皆さん仰るように、日々の売上げも、新規開拓も大事な事ですので、両方とも集計して可視化できるようにしていくよう仕組みを考えているところです。売上げは結果系なので、数字を明確に管理しやすいですが、新規開拓は未確定な将来予測をしなくてはならないので、確かな数字にしにくいのは事実です。ただ、それを可視化する事は非常に重要なので、何らかの方法で将来の状況が分かるようにします。また、それによって、新商品が十分に開発されているかも見えてくると思いますので、事業部との間で将来戦略を練るのにも必要だと思います。データ収集にご協力をお願いします」

うん、そうだそうだ、と思わず拍手しそうになったところで、トム君が言いました。

「皆さん、ありがとうございます。では、2006年度は絶対1,000億円の売上げをキープするのと同時に、新規開拓1,000億円以上を目指しましょう!」

会議はそれで閉会となりました。うん、トム君、なかなかカッコいいぞ!

と思いましたが、実のところ、それが絵に描いた餅にならなければいいな、と不安も感じる私、詠人舞衣子でした。だって、新商品もなかなか出てこないし、新規案件もなかなか取れていないのが現実でしたので・・・。

 

 

第169話につづく

第169話に戻る