連載小説 第174回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第174話 飲食と球型と懺悔

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん進歩していくので、我々の半導体の売上げも伸び続け、2000年にはサイコー!だったのですが、その後、年々売上げは下がり続けていました。ゆでガエル状態?どうなっちゃうの私たち?

 

 

「トム君、私、懺悔しなきゃいけない事があるの」

「何だよ、大事な話があるからっていうから、さっさと仕事切り上げて来たけど、あ、生ビール二つ!

「懺悔っていうのはね」

「あ、それと、枝豆と、海藻サラダ、お願いします」

「ねえ、聞いてんの?」

「聞いてるよ」

「私たち、半導体事業の復活を考えてるでしょ?」

「そうだよ、もちろん」

「でね、私も何か役に立てないかって考えた訳よ」

「そりゃ、嬉しい話だな」

「でも、技術的知識ってどうしても専門じゃないからさあ」

「そうでもないだろ、必要最小限分かってるし、専門的な技術的知識よりも市場を見る全体感の方が必要だと思うけどな」

「そうかも知れないわね。でも、まあ、最初は自分の得意とする心理学的アプローチで何かできないかと思った訳」

「うん、まずは、で言えば、それはありだな」

「でしょ?」

「うん、それで?」

「セリグマン先生も色んな先生も言ってるんだけど、物事を悲観的に捉えてもいい事はなくて、何でもポジティブの考えた方がいいって話なの」

「そりゃ、そうだろうねえ」

「でね、ポジティブ心理学で推奨されているポジティブ日記をつけているのね」

「ポジティブ日記?」

「そう、一日三つくらいでいいので、その日にあった良かった事を書くの」

「ふうん。でも日記に書くって面倒じゃない?」

「ま、日課にしちゃいえば、どうって事はないのよ。箇条書き的なので十分だから」

「なるほど。で、どんな事を書いてるのさ?」

「そこなのよ、問題は」

「問題?」

「うん、私が書いているポジティブ日記を読み返してみたらね」

「読み返してみたら?」

飲食の事しか書いてないの

「アハハ、受けるねえ」

「もう・・・」

「でも、それ、舞衣子らしいな」

「私らしいと言われて、否定できないけどね(笑)」

「だな」

「ま、いいわよ」

「それで?」

「でね、飲食が楽しくて、ポジティブに感じられていて、人生ハッピー的なマインドセットはいいんだけどさ」

「うん」

「ここからが問題なのよ」

「問題は?」

丸いのよ

「丸い?」

「丸っこくなってるの」

「何が?」

「私よ」

「舞衣子が?」

「そうよ、私が丸っこくなってるって事」

「舞衣子が丸い事が問題だって事か?」

「そうです」

「まあ、丸いよな」

「え?」

「アメリカにいた時みたいに丸っこいよ」

「え? そう思ってたの?」

「ああ、日本へ帰任してからは、入社した頃の状態に戻ったなって思ってたけど、最近はまた丸っこくなってきたなとは思ってたよ」

「え、そうなの?」

「気づかなかったのか、自分で?」

「え、ちょっと待って、自分は分かってなかったけど、トム君は気づいてたって事?」

「そうだけど、まさか、舞衣子が自分で気づいていないなんて思ってなかったよ」

「ええっ~!」

「そんなにびっくりすんなよ」

「トム君、いつからそう思ってたのよ?」

「ここ、半年くらいかな。ホントに自分で気づいてなかったのか?」

「えっと・・・」

「家に体重計あるだろ?」

「スルーしてた・・・」

「え、ホントかよ」

「だって、私、何食べても美味しいし、ビールも毎日美味しいし、健康そのものなんだって思ってたから・・・」

「だから、全然今までと変わんないって思ってたって事か?」

「うん」

「ちょっと前より変わってるぞ」

「変わった?」

「ああ、でも、別に丸っこくたっていいじゃんか」

「そんなに、丸っこい、丸っこいって言わないでよ」

「いいよ、それも可愛いし

「え?」

可愛いじゃん

「か、カワイイって、何、言ってんのよ、トム君」

「いや、ホントにいいと思うよ。アメリカの頃みたいで」

「・・・」

私は、何だか、気持ちがほてってきたように感じまして、ビールを一気に頂きました。丸っこい自分もカワイイって・・・何よそれ。

そもそも、もう何年も前の話にはなりますが、同期入社のトム君も工作君の事も、心憎からず思っていた時期もあったので、今はそんな時期をとうに過ぎているにも拘わらず、カワイイとか言われると、丸っこい自分なのに、ちょっと嬉しいような恥ずかしいような気になってしまったという次第です。

もう一回ビールをグビッとやって、少々自分を沈静化できたようでした。まさか、赤面的な状態がバレてなければと思いながら、気を取り直して言葉を発しました。

「ま、丸っこくても、何でもいいんだけどさ、問題はね」

「問題は?」

「飲食の事しか書いてないし、気づいたら丸っこくなってたりして、結局、我らが半導体事業の復活に資するような事が何にもできていないって事なの」

「ふむふむ、結局それが問題だったと?」

「そうよ、何がいけないの」

「いや、いけなかないんだけど」

「何よ」

「ここに辿り着くまで、飲食と球体の話が必要だったのかどうかって事かな?」

「え?」

「ま、懺悔って事で始まった話ではあるけど、懺悔なのかなって?」

「懺悔でしょ。飲食にばかり集中してて、そのおかげで丸っこくなって、半導体事業の復活に資する事ができていないって」

「ま、懺悔か・・・」

「懺悔よ・・・」

「そうか、舞衣子。ありがとう」

「え、何よ、ありがとうって」

「うん、ありがとう・・・」

「トム君?」

「ありがとうな、舞衣子・・・」

「え?・・・」

3杯目のビールを二人で飲みながら、夜は更けていきました。

 

 

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