連載小説 第182回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変。出身母体の半導体は縮小整理事業になってしまったのでした。そして、新たな誘いが。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第182話 決めたよ舞衣子

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わってきました。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。2000年にはサイコー!だった我々の半導体の売上げは年々下がり続け、2007年、私とトム君は転機を迎えていました。リストラした後、今度は自分がリストラされる立場になっていたのです。そこへ、ステキなチャンスが巡ってきたかも?なのです。

 

エディ須和さんにペンギンのデモを見せてもらった後、私とトム君は、何かまだ分からないけど、面白そうだし、やってみたいなあ、と思いつつも、二人でもう一度冷静に今後の事を考えてみようという事で、ビールを飲みにやってきました。

「どうれ、久しぶりに乾杯すっか、舞衣子」

「そうね、2日ぶりだから久し振りじゃないけど、かんぱ~い!」

「かんぱ~い!」

「ねえねえ、トム君、それにしても、あのデモ機、おかしな格好してたわよね」

「うん、とりあえず部品を色々くっつけたらそうなっちゃったんだろうけど(笑)」

「須和さんはスゴいね。さっさと半導体単独事業からデバイス応用事業に進化しちゃったんだから」

「ああ、流石だよ。俺たちにはすぐには考えつかなかったなあ」

「まあ、トム君は半導体営業の責任者になっちゃってたんだから仕方ないけどね」

「ああ、そうだよな」

「でも、良かったんじゃない?」

「何が?」

「あのまま、半導体の営業部長を続けていても下降線をたどるだけだったでしょ」

「売上げがか?」

「売上げもそうだけど、トム君の価値がよ」

「そうか?」

「トム君の価値っていう言い方はちょっと違うかな。トム君が発揮できる価値ね」

「ああ、そういう事ならそうかもな」

「そうよ。だから、須和さんのように新しい価値創造に向けて、トム君も一役買う方がいいんじゃない?」

「そう思うか、舞衣子?」

「うん、そう思う」

「ただなあ」

「ただ、何よ?」

「たださあ」

「何よ、はっきり言いなさいよ」

「あのさあ・・・」

「私が言ってあげる。新しい事に挑戦するのはいいんだけど、ホントに成功するか心配なんでしょ?」

「何で分かるんだよ」

「顔に書いてあるからよ」

「書いたかなあ?」

「鏡見てきたら」

「見てくるよ(笑)」

そう言ってトム君は席をたちました。

ま、こんな程度の事は長年一緒に仕事してきた訳ですから、すぐ分かる事なのですが、どの部分にどの程度課題を感じているのか、もう少し話した方がいいなと思いました。

「2杯目頼んどいたわよ」

「ああ、サンキュー」

「でさあ、鏡は見たの、トム君?」

「ああ、心配とか不安とか課題とか書いてあった(笑)」

「やっぱ、書いてあったんじゃん」

「まあな」

「でもさあ、この際、心配とか不安とか言ってても仕方ないでしょ」

「まあ、それもそうだな」

「だから、課題ってだけに書き換えたら?

「俺もちょっとそう思ってたんだよな」

「でしょ」

「ああ、さすが舞衣子、いい事言うよ」

「当たり前でしょ。何年トム君と仕事してると思ってんの」

「25年か?」

27年よ、この4月で」

「そうか、27年か」

「そうよ。入社以来、もう27年もやってきて、ひととおり経験してきたんだから、今更不安とか言っててもしょうがないでしょ」

「ああ」

「だから、課題を整理しよ」

「ああ、課題だよな」

「そう」

私たちは課題を思いつくままあげてみました。

課題1 技術的なネタはいくつかあるようだが、ビジネス化するに足るものなのか検証できていない

課題2 検証のためのプロセスが確立していない。その道の経験者がいないので当然なのだが、ならば一から作り上げる必要がある

課題3 技術先行のエンジニアが多く、ビジネス化するためのセンスが不足している。そのための人材育成もできていない。

課題4 ビジネス化するためのスピード感が不十分で、プロジェクトマネジメントができていない

大体そんなところでしょうか。会社全体に言える事でしたが、過去の開発の例をみても、技術先行で顧客価値、市場価値に結びつかない事が多かったのです。

それらの課題を克服するためには、それなりの体制と仕組みが必要でしょうが、須和さんもまだ手探りで始めたばかりのようで、だからこそ、技術先行でない私たちを必要としているのでしょう。まあ、トム君はそれなりに技術的な事もある程度理解していましたが、心理学科卒の私は「文系でごめんね」なので、技術の事はほぼ分かっていないのでしたが。あはは。

ただ、それでもいいのです。それぞれの役割があるので、全員で足りないところを補完していけば、課題は克服できるはず。私は私のできる事で新たな事業に貢献できればいいと思っていました。

「ねえ、トム君、私もさあ、須和さんの言ってる課題を解決するのに一役買えるんじゃないかと思うんだよね」

「ああ、舞衣子は絶対役にたつよ」

「トム君もでしょ?」

「うん、まあ・・・」

「何よ、まだ不安なの?」

「俺は、やるからには絶対成功させなきゃって思うから、一役買えるだけじゃダメだと思っちゃうんだよな。でも、さっきの課題整理で大体やるべき事は分かったけど」

「なら、いいじゃん。デバイス応用ビジネス、やってみようよ」

「ま、そだな」

「何よ、まだ煮え切らないの?」

「そういう訳じゃないんだけどな・・・」

私はトム君の気持ちも分かる気がしました。半導体の営業責任者として、思うような結果を出す事ができず、少なからず喪失感を抱えているのでしょう。そして、デバイス応用ビジネスの新規開拓の中核を担うであろう責任の重さを考えると、須和さんの要請は有り難い事であるものの、しっかり考えて、ある覚悟をもって受けなくてはいけないと考えているのだろうと思いました。

暫く二人とも黙って考えていましたが、なくなりかけたジョッキを見て私は言いました。

「3杯目いく、トム君?」

「そりゃいくけどさ、決めたよ舞衣子

「え?」

「デバイス応用ビジネスやろう!」

「色々考えて煮え切った?」

「ああ」

「じゃ、また一緒にやろう、トム君!」

「おお」

「ビール、お変わりくださ~い!」

私は、大きな声で追加発注をかけました。

 

 

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