
桜田モモエ
<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わってきました。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変。出身母体の半導体は縮小整理事業になって、リストラされてしまいましたが、まだその次にデバイス応用ビジネスという手があったのでした。そして・・・
(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら)
第185話 うちの天才科学者
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わってきました。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。2000年にはサイコー!だった我々の半導体の売上げは年々下がり続け、2007年、私とトム君はリストラされちゃいましたが、複数のデバイスを応用したビジネスの開拓をすべく、デバイスビジネス開拓部へ移籍しました。そこで私たちは天才科学者に出会います。
「おい、舞衣子、今日はちょっと意見を聞きたいんだけど、いいか?」
「餅の論よ」
「おっし。そりゃいいけど、餅の論って、漢字間違ってないか?」
「漢字?」
「ああ」
「いいじゃない、たまには」
「ま、いいか」
「それにしても、何で私が、餅と論の漢字を使ったって分かる訳?」
「そこは、まあ、以心伝心っていうか、今日の舞衣子が使いそうな漢字が頭に浮かんだまでだ」
「へえ、そうなんだ」
ってな話があったかなかったか?
退社後、早速ビールに行く事になりました。
「かんぱ~い」
「かんぱ~い」
「労働の後のビールは美味いねえ」
「あたし、このために生きてるわあ~」
「うん、同感である」
そんなおバカな会話の後、トム君が本題に切り込んできました。
「それでさあ舞衣子、俺の人生の中でこういう人には出会ってこなかった率ナンバーワンな人に、とうとう出会ってしまったって感じなんだよな」
「分かる~。待ち焦がれていた人に出会ってしまった感覚ね」
「そうだよ。だって、営業の中になんてそんな人はいないし、エンジニアの中にさえ、なかなかいない」
「そうそう」
「俺たちの仕事って、相当な数のエンジニアと出会うだろ」
「うん」
「これまで出会ったエンジニアの数は多分1000人くらい」
「うんうん」
「でも、出会わなかった」
「そうそう」
「こんな天才科学者には!」
「(笑)(笑)(笑)そうなのよ、初めてなのよ!」
「映画かアニメの世界の話かと思ってたぜ」
「私も同じ事思ってた(笑)!」
「いるんだなあ、そういう天才が」
「いるいる!」
「だって、なんでも知ってるんだぜ」
「知識量すごいよね」
「それに、誰も考えつかないような発想しちゃうしな」
「常識的なのに非常識(笑)」
「スゴいオタクだしな(笑)」
「カテゴリーなら、マッドサイエンティストだよね!」
「そうそう、マッドサイエンティストだな」
「だよね」
「マッドサイエンティストっていったら、誰を思い起こす、舞衣子なら?」
「そうねえ、ジキルとハイドの、精神分離薬を開発したジキル博士かしら」
「おお、さすが心理学科には興味深いか」
「そうなのよ、超面白いの。トム君は?」
「人造人間の発明者、ヴィクター・フランケンシュタインかなあ」
「うん、それもスゴい!」
「でもさあ、バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクだよな、極めつけは」
「ああ、そうそうドクドク!」
「アハハハ、ドクドク」
「アハハハ」
何が可笑しいかって、あのドクですよ。私はトム君と大笑いをしていました。
あまり知られてはいないかも知れませんが、バック・トゥ・ザ・フューチャーのドク・ブラウンは自分の研究のためには少々の事は、一般人の価値観とは違うところでテキトーにやってしまうというお方で、デロリアン発明の頃には、テロリストからプルトニウムを盗んできてガレージのベッドの下かどこかに隠していたという設定です。また、映画では語られていませんが、かつてマンハッタン計画に加わっていたが、それ以来は落ちぶれた科学者になっていた事、そのためお金がなかったので、自分の家に放火して保険金をゲットし、自分の研究に使っていたなどという設定でもあります。まさに、狂った科学者ですね(笑)
でも、悪い人ではなくて、むしろ倫理観が強く、善の価値観をもつ天才科学者なんです。マンハッタン計画に関わってしまった贖罪の意識があり、科学を誤用せずに未来のために使う事、破壊の技術に関わっってしまった経験を“創造的”技術へ転換していく、タイムマシンが完成したとしても、それを絶対悪用しない、させないようにする、というような人物として描かれているのです。
マッドサイエンティストというと、自分の研究のためなら平気で殺戮を犯してしまうような輩もいますが、バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクのようなステキなマッドサイエンティストもいます。
さてさて、私たちが出会ったデバイスビジネス開拓部の天才科学者はドク・ブラウンのようにステキなマッドサイエンティストでありました。研究熱心ですが、正しい倫理観を持ち、悪い事は絶対しない方です。
その風貌はドクを彷彿とさせる天才科学者ぶりで、ドク同様の伸び放題の髪の毛、白髪交じりの立派なあごひげ、それに、牛乳瓶チックなお眼鏡。ターバンを巻いても似合いそうなインターナショナル系の顔立ち。それはそれは、カッコいいのです。私たち営業部にいた人間にはできない格好の良さなのでした。
ただ、体型はドク・ブラウンのようなシュッとしたフォルムではなく、日本のオヤジ体型でしたので、そこもまた親しみを感じるところだったのです。
「ねえねえ、トム君」
「なんだい、舞衣子」
「うちのマッドサイエンティストなんだけどさあ」
「うん」
「名前つけてあげないといけないよね」
「え、名前あるじゃん」
「そりゃ、本名はあるけど、何かカッコいい別名がいいなあと思って」
「そっか、俺たちだけの隠語にもできるしな(笑)」
「そうなのよ、何がいいかなあ」
「まあ、“天才科学者”でもいいんじゃないか?」
「もう、ひとひねり欲しいわねえ」
「じゃあ、デバイスビジネス開拓部だから天才開拓者?」
「う~~~ん」
「う~~~ん」
「ま、いったん、“うちのマッドサイエンティスト”か、“うちの天才科学者”かな」
「そのうち、いいのが決まるわね」
「うん」
2杯目のビールの泡がするすると上っていきました。
第186話につづく
