連載小説 第5回             4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

ItohTakamitsu
ペンネーム    桜田ももえ

<これまでのあらすじ>上諏訪時計舎に就職した詠人舞衣子(よんびとまいこ)。わけあって4ビットAIが埋め込まれている新人OLです。心理学科卒文系女子なのに、半導体営業課に配属。新人研修を終え、いよいよ営業部に勤務です。早速営業の第一線へ!っなんて、そんな甘くないか。

 

 

第5話   営業のマイコンチーム所属になりました

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、文系なのに半導体営業課に配属されちゃいました。心理学専攻なので、先輩方が私をかわいがってくれているのか、そうでないのかはすぐ分かります。あと、この事はあまり公に言いたくはないのですが、大抵、男性社員はかわいがってくれる反面、その反対の性別の方々の中には、ほんの少数ですが、若い女子社員にキツく当たる方もいらっしゃいました。そんな時、同期の島工作君やトム君はいつも見方になって助けてくれましたよ。いい奴らだぜ!

それにしても、金曜日の送別会は盛り上がりました。検査課の係長はじめ数名の先輩方に囲まれ、私たち新人3人は5ヶ月に及ぶ実習を振り返り、半導体事業と技術に関する知識を習得させて頂いた事に感謝の気持ちをお伝えしました。私は紅一点であった事もあり、簡単な挨拶でしたが、ひと言ひと言が大受けに受けて、会社生活ってなんて楽しいんだろうというくらいに嬉しくなってしまいました。

 

同期の島工作君は、彼らしくスマートな挨拶で、好感度かなり高かったと思います。もう一人のトム君は相変わらず受け狙いの言葉で面白い事を言っていましたが、半分は滑っていましたので、トム君は半滑体という感じですね(笑)。

それでも、実習でお世話になった事業部の皆さんとは多くの繋がりができたので、後々の営業活動において、色々な場面で沢山助けて貰えました。トム君も半滑体ながら、結構助けて貰えているようでした。

さて、10月1日をもって、正式に半導体営業課で仕事を始めた訳ですが、私は営業でマイコンチームというところに配属されました。島工作君と一緒ならいいなと内心期待していたのですが、一緒になったのは東大の落ちこぼれ(?)トム君でした。まあ、トム君も憎めないヤツなので、悪くはないのですが、もう少ししっかりして欲しいという気もします。ったくねえ・・・。

マイコンチームのやる事はマイコンICを売る事です。しかし、私には課題がありました。マイコンって何?から始めなくてはいけなかった事です。

「ねえ、トム君、マイコンチームってさあ、マイコン売るんだよねえ?」

「そうだよ」

「マイコンっていくら?」

「分かんない」

「そもそもマイコンってなんだっけ?」

「それを明日のレクチャーで教えてくれるって言ってたじゃん、リーダーが」

「でも、その前にさあ、ちょっと勉強しとこうよ。そうすれば、なんか聞かれた時にビシッと答えちゃったりしてカッコよかったりするんじゃない?」

「そりゃそうだな。ちょっと調べるか」

「でしょでしょ。でもどうやって調べよっか」

「うーん」

1980年の事です。インターネットありません。スマホありません。PCありません。Wikipediaなんて存在開始まで20年。コピーもファックスもまだ一般に普及していなかった時代です。海外とはテレックスで交信していました。え、テレックス知りません? ま、いっか。

「舞衣子さあ、これは図書館じゃないと分からないかもよ」

「専門書? 会社の図書館にあるかなあ」

「それか、リーダー以外でマイコンに詳しい人に聞くってのは?」

「うん、その方がいいかも、でもそんな人身近にいる?」

「いるって言えばいるよ。先週までお世話になっていたIC検査課の今(こん)さんなら詳しいよ。事業部へ行ってみようか」

「うん、行こう行こう」

今さんはもともと技術職の方ですが、新しもの好きで名前のとおり今どきの物や流行りそうな物の事は良くご存じです。フルネームは今隆太郎(こん りゅうたろう)さんとおっしゃいますが、周りの皆さんからは、“コンピュー太郎”と呼ばれています。

私はトム君と一緒にIC検査課へと向かいました。

「今さん、こんにちは」

「あれ、舞衣子ちゃん、もう戻ってきたの? いつでも戻っておいでとは言っといたけど、それにしても早いね(笑)。トム君も一緒か」

「はい、ご無沙汰しております」

「なんだよ、金曜日の送別会以来だろ。ご無沙汰ってのは1ヶ月以上だな、目安としては」

「はい、ジョークしてみただけです」

「で、どうしたの? まだ実習したりない?」

「いえ、舞衣子がマイコンの事を教えてくれる人いないかな、って言うんで、コンピュー太郎の今さんなら教えてくれると思って二人できたんです」

「そうなんです、トム君と二人できたのには理由があるんです。私たち、営業のマイコンチームになっちゃったんです。マイコンを売る係なんだと思うんですけど、そもそもマイコンって良く分からないんですよね。実習の時にもっと勉強しとけば良かったんですけど」

「そういう事か、じゃ、今すぐ教えてあげるよ。マイコンってのはマイクロコンピュータの略だよ」

「あ、そうですよね。私もそうなんじゃないかなんて思ってたんですけど、マイクロコンピュータってなんでしたっけ?コンピュータの小さい版ですか?」

「ああ、ま、そんなとこだね」

「じゃ、私たち、ICじゃなくてコンピュータを売るのかなあ?」

「いや、ここでの意味はICとしてのマイコンの事だと思うよ」

「え、そうなんですか?」

「今、開発中の4ビットマイコンの事だよ、きっと」

「え、うちで開発中なんですか。良く知らなかった」

「先週、その検査仕様書のドラフトを書いたばかりだよ」

「そうだったんですね。面白そう」

何しろ、1980年の事です。マイコンという言葉は今ではマイクロコントローラとかMCUとか言われていますが、当時は一般的にはマイコンはマイクロコンピュータの略で、機器としてのマイクロコンピュータの意味にもICのマイクロコンピュータの意味にも使われていました。どっちにしろ、日本では適当に言葉を省略してしまうので、意味も色々だったりします。ドラッグストアの一つがマツキヨと呼ばれ、コンビニの一つがファミマと呼ばれるようになったように、国民的美少女がゴクミと呼ばれた事も知っている人は知っているでしょう。

ちな、ピレディとかキャンズとかいう省略は生まれませんでした。不思議です。

(注:ちな、は21世紀に使われた省略語で“因みに”の意味)

え、私ですか? ワタクシは詠人舞衣子です。大抵、マイコと呼ばれていますね。ヨビコとか言われておりません(笑)。

蛇足ながら、キャンズのイントネーションはB’zのそれと同様と考えられます。ビー↑ズと上げて読むように、キャ↑ンズだったでしょう。もし、そのような省略語が生まれていたのならですが・・・。

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