連載小説 第163回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京から海外市場をサポートしています。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど・・・。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第163話 レッド・オーシャン

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の26年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん変化していくので、ビジネスも大忙し。我々の半導体の売上げも2000年にはサイコー!だったのですが、その後、状況はめまぐるしく動いていきます。電子デバイス営業本部にも毎日のように変化が起こり、とうとう液晶事業は分離され、各事業ともに大きな変化が。2004年から、私もトム君も再び、半導体事業部に所属する事になりました。年々、思ったように売上げは上がらなくなっていきました。

 

「トム君、これまで、1MSRAMを作った時も、8インチを作れるようになった時も、何とか業界の流れについていってたでしょ? だから、2000年までは売上げが伸びていってたのに、ここ数年はどうしてついて行けなくなっちゃったの? 売れる商品が出てこないのに、売上げが上がらないのは営業のせいだみたいに言われて悔しくないの?」

私は、トム君にちょっと食ってかかったような言い方をしてしまいました。だって、そうなんです。ここ暫くは、事業部からとんと新商品の話が出てこないんです。なのに、年々売上げが減少しているのは営業が悪いんだみたいな事を言われて、反論できずにいる私たちが歯がゆくて仕方なかったんです。

しかも、トム君は筆頭の営業部長として、一番の責任者の立場ですから、しっかりして欲しかったのです。

「ねえ、こうなったら、事業部に最先端の技術を身につけて戦えるようにしてくれって迫らない?」

私は、あんまり技術の事に長けてはいないので、もしかしたら、まだ事業部が最先端に追いつける可能性もあるのではと思ってみたのでした。

「最先端の線幅で最先端のシステムLSIを作れるようにしてくれってか?」

「そうよ、何がいけないのよ」

「いけなかないけど、無理だよ」

「どうして?」

「この数年で、投資が殆どできていないから、今から追いつくのは余程の事が無い限り無理だよ、舞衣子」

「余程の事って何よ?」

「余程の事だよ」

「トム君ねえ、余程の事を余程の事だよ、とか言ってると、議論が進まないでしょ! そもそも、私が文系だからって、どうせ分からないだろうみたいにバカにするのはやめてよ」

「いやいや、バカになんかしてる訳がないよ。俺だって文系だし」

「じゃ、余程の事って何なのか言いなさいよ」

「うん、じゃ、ちゃんと言うから、ちゃんと聴けよ」

「ちゃんと聴くわよ」

「半導体が大資本に支えられる産業だって事は分かってるよな」

「分かってるわよ」

「でさ、我がサイコーエジソン株式会社も8インチウェファーの製造ラインを立ち上げた数年前までは、まあまあ投資を続けて来たって訳だ」

「そうよね」

「だが、そこから先は投資すべき金額が一桁上がっちゃっただろ?」

「まあね」

「そこで、大規模な投資をするという決断ができなかったところでゲームオーバーだったんだよ」

「今からじゃだめなの?」

「これまでとは比べものにならないくらいのかなりの金額が必要だよ」

「1000億くらいなら、何とかなるんじゃないの?」

「そんな金額じゃ無理だ」

「じゃ、2000億は?」

「それでも無理。そもそもうちの会社の売上げがどれだけあるって言うんだ? 2000億なんて、とんでもないギャンブルだろ?」

「それはそうね。だけど、他の会社はやってるじゃない

「一握りの大手はね。でも、彼らだって四苦八苦だよ。その証拠に、大手の半導体事業は本体から切り離されて、ルネとかエルピとか別会社化を余儀なくされてるじゃないか」

「そうね」

「それに、台湾、韓国の半導体がどんどん成長してきているから、レッド・オーシャンで戦わなくちゃならなくなってきている」

「レッド・オーシャン?」

「え、知らないの?」

「オホホ、なんでしたっけ、トム様?」

「最近はやりのビジネス用語で、血で血を洗うような厳しい市場の事だよ」

「あら、そうだったの。失礼しました」

「日本と違って、台湾、韓国は、国家として半導体産業に力を入れているだろ。助成金や税制などでスゴく優遇されているし、国からの働きかけも強いから、自然と企業は大規模な投資をするようになるんだよ」

「だけど、日本の半導体って1980年代には世界一だったじゃない。どうして、国家として力を入れていないの?」

「そこなんだよなあ。最初はアメリカに追いつけ追い越せで、日本の企業は勢いをもってどんどん投資するから、国としても見てるだけで良かったのか知れないんだけど、国家プロジェクト的に力を入れてきた台湾や韓国はノーマークに近かったから、日本は打つ手が遅くなっちゃったのかなあ」

先を読む力がなかったって事かしら」

「まあ、今になるとそうなっちゃうかなあ」

「じゃ、どうすんのよ」

「うちみたいな規模の半導体メーカーは、ブルー・オーシャンを見つけて勝負するしかないかなあ」

「レッド・オーシャンの逆の市場って事? だったら、そのブルー・オーシャンへ行けばいいんじゃない?」

「うん、まあ、そういう事かも知れない」

「具体的にはどうすればいいの、トム君?」

「それはね・・・」

 

ビールジョッキの気泡がゆっくりと立ち上っていく中で夜は更けていきました。

つづきは次回です。

 

 

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