連載小説 第127回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、4月から久し振りの日本勤務です。20世紀も終焉に近づいていく中、我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶発振デバイス)はどうなっていくのでしょうか。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第127話 マルサの男

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の20年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て1999年3月に日本へ帰任しました。ミレニアムも間近です。家族は3人一緒でラブラブです。うふっ。

 

「おい、大変だよ。マルサが入るんだって」

トム君が慌てた様子で話しかけてきました。

「マルサってどういう事?」

「マルサだよ」

「まさか、マルサの女のマルサ?」

「そうだよ。国税局だよ」

「トム君、何か悪い事したの?」

「してないよ」

「じゃ、なんで査察がはいるのよ」

「分かんないよ」

「分かんないじゃ、分かんないでしょ」

「分かんないけど、何年かに一度は税務調査が入るらしいんだ」

「その何年に一度が来ちゃったって訳?」

「多分、そういう事だろ」

国税局は定期的に税務調査に入るそうで、私たちにとっては日本へ帰任してまだ慣れていないのに、いきなりその時がやって来てしまったらしいのでした。調査は全社に及ぶそうで、2~3ヶ月かけて行われるらしく、我々の所属する電子デバイス営業本部には2~3週間しっかり入ってくるとの事でした。

正確にはマルサというほどのスゴいのが来る訳ではなく、普通の国税局の人たちが来るという事でしたが、以前いっせいを風靡した映画「マルサの女」が記憶に残り過ぎていて、みな、マルサだマルサだみたいに言っていました。伊丹十三監督の映画で、その妻の宮本信子が国税局の査察官として極悪非道の脱税容疑者を追い詰めていくのですが、その姿は、我々をハラハラドキドキさせながらも、すごくカッコ良かったのを覚えています。

私たちは極悪非道ではないので、マルサによる強制捜査が入る訳ではないのですが、それでも税務調査というのは恐ろしい感じがしました。そして、その恐ろしい感じというのが現実のものとなっていってしまったのです。

事の発端は、営業本部の総務部の文書の中に、何かおかしいぞ、と思わせるようなメモがキングパイプファイルの最初のページに見つかってしまった事でした。調査団がくる前日までの準備を一生懸命やっていたのはいいのですが、一生懸命やり過ぎて、書かなくてもいいようなメモを残してしまったようです。そこには手書きで書かれたポストイットが貼ってありました。

「米国現法しっかり準備」

わお。こんなメモが何で?と今になれば思いますが、当時の営業本部は経験不足で、全てファイルは見られる可能性があるという当たり前の感覚が欠如していたようです。これを見たら、しっかり準備をしておかないと何かヤバい事がある、みたいに捉えられかねません。というか、そう捉えられました。

実際には、それ程明確なヤバい事はしていなかったようなのですが、国税局の皆さんは、お、これはアメリカ方面に宝の山があるのでは?とすぐに思ってしまったようです。

「仮装」と言われる虚偽の報告や、都合の悪い事実を意図的に隠す「隠蔽」という事実が発覚すると、悪質な脱税として、重加算税が課せられるというようなケースも世間ではしばしば報道されていました。

経験の不足していた営業本部では、脱税と捉えられる事が発覚するのを恐れるあまり、過剰に反応してしまっていたようです。

大手企業においては、明らかな脱税というのはあまり起こらないのではないかと思います。バレたらヤバいですし、明らかな脱税はすぐ分かってしまうでしょう。多くのケースは、企業側はぎりぎり脱税ではないと判断して行っている事が、国税局からするとそれは違法だと言ってくる場合のようです。申し開きの機会は与えられるのですが、それは「見解の相違」という事になり、最終的には国税局の判断に従わざるを得なくなるというのが通例のようでした。

米国市場を担当していたトム君のところには、すぐに調査官がやってきました。

「はい、それでは、こことここにある書類を提出してください」

「え、この書類ですか?今、使っているのですが」

「とにかく、すぐに提出してください」

「あ、はい・・・」

有無を言わせず、机の上にあった書類と机の横のキャビネットの中のファイルを全部持って行ってしまいました。

「まいったなあ、仕事にならないよ」

とぼやくトム君。でも、国税はこちらが仕事になるかならないかはお構いなしです。特に、米国現法は怪しいと思い込んでいるので、調査は厳しくなります。

「おい、舞衣子、おれ何か悪い事したか?」

「してないから大丈夫よトム君、とでも言って欲しいわけ?」

「いや、まあ、その・・・」

「仕方ないでしょ。あっちの方が権力握ってるんだから」

「まあ、そうだけど、ちょっと理不尽だよな」

「いいわよ、どうせ何にも出てこないんだから」

「ま、そうだな。おれのとこにある書類なんて今年度に入ってからの書類だからさ」

そうです。この時の税務調査は前年度、前々年度が対象でしたので、今年度の書類から何か不都合が見つかる事はないと私たちは思っていました。

「まあ、トム君、心配する事ないから、書類が戻るまではゆっくりしてなよ」

「ああ、とりあえず、そうするしかなさそうだな」

「でも、トム君、何か隠してるような事があるんだったら、さっさと私には白状するのよ(笑)」

「ないよ、何にも。そもそも前の2年度は俺たちドイツにいたんだぜ。アメリカの事なんて何にも関わってなかったじゃないか」

「そうよね。私たちのところを調べたって関係ないもんね」

「ああ」

というわけで、私たちが何か突っ込みを受ける事はないと高をくくっていたのでしたが、そうは問屋が卸さないという事態が起こってしまったのでした。その日の午後には全く状況は変わってしまったのです。

厳しいですねえ、世の中は。

この続きはまた次回。

 

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