連載小説 第130回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、4月から久し振りの日本勤務です。20世紀も終焉に近づいていく中、我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶発振デバイス)はどうなっていくのでしょうか。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第130話 ミレニアム

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の20年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)を販売しています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て1999年3月に日本へ帰任しました。家族は3人一緒でラブラブですよ。うふっ。いよいよ西暦2000年になるミレニアム対応の日がやってきました。

 

「君たちの中から大晦日の対応をしてくれる人員を募るよ」

KBが言いました。KBというのはK部長の事です。K部長は東南アジアの現地法人の社長時代にはブイブイ言わせた方で、日本へ戻ってからは電子デバイス営業本部にてアメリカ担当の営業部長をされています。私やトム君の上司です。上層部の派遣争いに苦戦されているようで、イマイチ元気がありません。そのため、日常の仕事は我々にすっかりお任せなので、実質アメリカ関係を仕切っているのはトム君です。

「部長、大晦日に働きたいメンバーはなかなかいないでしょうから、管理職の私がやりますよ」

「お、トム課長、君がやってくれるか。それは助かるな。ま、私も出る事になるだろうから、一緒に頑張ろう」

「はい、わかりました」

私は近くでそのやりとりを聞いていましたが、必要なら私もと思ったものの、各部門から何人か出てもらう事になっていて人数は足りているらしく、我々の部門からはお二人が出勤する事になったようでした。

ところで、何故に大晦日にお仕事?と思われるかも知れません。通常は12月29日が仕事納めで1月4日まで年末年始休業になります。しかし、この年は例年と違って特別な対応が必要になったからでした。

特別な対応とは? そうです、ミレニアム対応です。ミレニアム対応とは?

覚えていらっしゃる方もいるかと思いますが、2000年問題というのがありました。Y2K問題とも言われましたね。

西暦2000年になるとコンピュータが誤作動する可能性があるとされた問題です。当時、コンピュータシステムでは西暦の下2桁だけを表示している場合も多く、内部の実データとしても2桁しか持っていない場合は、2000年が「00年」となるので、これを「1900年」と見なしてしまうという危険性が指摘されていました。

今の世の中でいえば、表示が2桁だとしてもさすがに内部データは4桁の文字列 (1999とか2000)を確保するだろうと思うでしょうが、初期のコンピュータシステムでは、磁気テープなどのリソース、メモリの容量が極めて少ない上、高価な貴重品だったため、できるだけメモリを節約するプログラミングが要求されたという事情もあったのでした。

そのような初期のプログラムは主として1960年代から70年代のモノで、さすがにそんな古いプログラムで動いているマシンはもうないだろうと思われましたが、どこに何が潜んでいるか分かりません。もしも、2000年を1900年と認識してしまったら、想定外の不都合が起こる可能性は確かにあったのです。

そのため、IT関連の企業や官公庁などは、万が一の対応のため、年が変わる大晦日から元旦にかけて、不具合が起こった場合にはすぐさま対応できるような部隊を設置し、その夜ばかりは徹夜でスタンバイするという事になったのでした。

我々のような営業部門は外部対応窓口として、万が一の時のクレームや問題解決にあたるという事になった訳です。

果たして、トム君とKBが出勤となった12月31日の午後8時から元旦の8時まで、外部からかかってきた電話は一件だけでした。それも、あるIT系の会社からの確認の電話で 「こちらは何も問題は起こっていません。エディソンさんはいかがでしょうか?」という内容でした。

何人ものメンバーが対応部屋に詰め、じっと事の成り行きを見守っていたそうですが、仕事は何もなく、ただただ元旦の朝まで、鳴らない電話の前で待機していたという事だったそうです。

世界中でも、殆ど問題は起こらず、大騒ぎした割には何もなかったというのが2000年問題の顛末でした。大山鳴動ネズミ一匹だったという事ですが、問題が起こるか起こらないか分からない場合には事前準備を怠らないに超した事はないのでしょう。

結果的に何も起こらずに済んだのだから、そんな大袈裟な対応をしなくても良かったのではと考える方々もいるでしょうが、もし何か起こっていたら、事前の準備体制がなかった場合にはやはり大きな問題になります。災害などへの対応も同じでしょうが、危機管理というのはなかなか難しいものだと勉強になりました。

そんないつもの年とは違う一日が過ぎて、いよいよ2000年を迎えました。トム君は車の中で眠気を覚ますように大声で歌いながら、自宅への道を帰ったそうです。曲は1999年に流行った「だんご三兄弟」だったとか・・・。

新たなミレニアム(1000年)の始まりです。

 

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