連載小説 第159回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京から海外市場をサポートしています。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しですが、台湾や韓国などの新興勢力も台頭してきて、日本の電子デバイス業界は激変の連続でした。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第159話 Right Direction

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の25年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん変化していくので、ビジネスも大忙し。我々の半導体の売上げも2000年にはサイコー!だったんですけどねえ・・・。その後、状況はめまぐるしく動いていきます。電子デバイス事業にも毎日のように変化が起こり、とうとう液晶事業は分離され、2004年10月、私もトム君も再び、半導体事業部に所属する事になりました。年末年始がやってきました。

 

2004年の年末、トム君はご家族とサイパン島へ旅行されていました。サイパンは、西太平洋の北マリアナ諸島にあり、その中で最も大きい島です。その南にはグアム島もあり、両者ともアメリカ領の常夏のリゾートとして、とても人気があります。我々からすると、いわゆる南の島ですね。

トム君は、うみちゃんお子ちゃま二人とで、ホテルのプールや、白い砂のビーチで遊び、暑さを癒やすビールや、美味しいトロピカルカクテルとステキなお料理を頂いて、ゆったりとしたゾート気分を満喫していたそうです。

ちょうど、その冬休みさなかの12月26日、インドネシア・スマトラ島沖では、 M 9.3 の大地震(スマトラ島沖地震)が発生しました。大津波により沿岸の各国では、22万人以上の死者・行方不明者が出るという大惨事が起こったのでした。

マグニチュード9.3 (9.1との研究もあり) と言えば、とんでもないエネルギーの地震だという事を、後になって体感的に知る事になるのですが、この時はまだ、多くの日本人は、大地震が地球のどこかであったという程度にしか認識できずにいました。

そうです、東日本大震災がM9.0と言われていますので、それ以上のエネルギーの地震だったという事です。犠牲者数でいうなら10倍の規模でした。

もしもの事ではあるのですが、この時、トム君ご一家が、サイパンではなく、タイのプーケットなどのリゾートを選んでいたら、一巻の終わりだった可能性も十分あったようです。実際、タイでの死亡者数は5,000人ほどと言われていて、その殆どは津波によるものでした。

インドネシアやタイと同様に、サイパンも日本からすれば同じように南の方向ですが、世界地図を見てみると、海域は異なります。この地震において、インド洋、タイランド湾などには甚大な被害が及びましたが、太平洋海域には大きな影響はありませんでした。

因みに、1960年に発生したチリ地震はインドネシアよりもかなり遠いチリが震源地ですが、太平洋の端から端へと伝わって、日本にも6m規模の大きな津波がやってきました。100人以上の犠牲者を出したのです。

こうしてみると、地球規模の災害に対して、我々はどうしようもなく無力です。犠牲になるかならないかは、神のみぞ知るの世界かも知れません。たまたま、プーケットではなく、サイパンを選んだというだけの違いです。

トム君はサイパンからの帰国後、年始初日の海外営業部のミーティングで、「Right Direction」 というプレゼンをしていました。

「皆さん、スマトラ島沖大地震で、非常に大きな被害がもたらされました。20万人以上の人々が命を落としました。まさにその時、私も南の島の海岸で遊んでいたのです。もしかしたら、一家ともども命を失っていたかも知れません。しかし、幸いな事にバカンスに向かった先はインドネシアやタイではなく、サイパンでした」

「良かったですね」

「知りませんでした」

部下たちから、そんな事だったんだ、というような声があがりました。

マネジメントは、進むべき道を考え、伝えて、組織を正しい方向へ導かなくてはなりません。Right Direction が必要なのです。Right Directionです」

「???」

「・・・」

部下たちは、トム君が何を言おうとしているのか、はかりかねていました。

「Right Directionです」

「Right Direction?」

「部長、どういう事でしょうか?」

「Right Directionなのです」

「???」

「・・・」

しばし、沈黙が流れました。

私には、トム君が何を言いたいのか分かっていましたが、皆の反応を面白がって窺っていました。

そうです、トム君はRight Directionが命を救ったと言いたいのです。

「部長、それは適切な方向性を出すマネジメントという意味でのRight Directionと、正しい方角へ向かうRight Directionというダブルミーニングをかけていらっしゃるという事ですね?」

トム君のつまらないシャレに気づいた一人が正解を出しました。

「その通りです。Right Direction! あっちの方角ではなく、こっちの方角へ旅行して、命拾いをしたという事です。いかなる時にもマネジメントにはRight Directionが必要だという事です。あはは

「あはは」

「あはは」

「あはは」

「・・・」

昭和のオヤジギャグという言葉がありますが、その頃はまだ、オヤジギャグに対して寛大な世の中でした。部下たちは、皆、あはは、あははと、凍った笑いを、凍っていないように表現していました(笑)

現代の人々は、こんな四コマ漫画のような世界観を理解するでしょうかねえ?

あはは、あはは・・・(汗)

 

 

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