L.W.R.(56) 80286ハンドブック、大貫、田中、蓑原著 1985、アスキー

Joseph Halfmoon

前回まで、昭和の御代の「コンピュータ・アーキテクチャ本」を3冊ほど眺めてみました。今回も昭和の御代の御本ですが、個別の半導体マイクロプロセッサについての解説書です。インテル80286とな。IBM PC/ATに登載されたプロセッサにして、今にいたるパソコン世界の根っこの方に鎮座するプロセッサです。その割にやらかしている?

※『Literature Watch Returns (L.W.R.)』の投稿順 index はこちら

現在でもプロセッサの解説書など存在しないわけでないですが、個別の機種(半導体)毎に解説書が出ているのは珍しくなったんじゃないかと思います。まあ、半導体メーカのサイトへ行けばデータシートとかマニュアルとかPDF形式でダウンロードできるしね。しかし、昭和の御代では紙の御本が人気もの。いろいろ出ていたような気がします。この年寄(当時はまだ年寄ではなかったが)も本屋さんへ行って買い込んでいた口。

さてThe PCといわれたIBM PCおよびPC/XTに登載されたインテル8088の後継は、80286でした。登載機種はPC/AT。PC/ATが歴史に残るのは、PC/ATの登場とともにPC/AT互換機市場というものが怒涛のごとくに開闢し、コンパック、デル、HPに代表されるようなPC/AT互換機メーカーが湧きたつごとくに活躍を始めたからであります。その背景には、PC/AT互換のICチップ(チップセット)や、マザーボードなどを製造する数々のメーカ(多くは台湾)の存在がありました。

そんなPC/ATに登載された80286は、データ処理的には8086の速い奴、的な扱いでしたが「けっこームツカシー」プロセッサとして当時はブイブイ言わせていたとかいないとか。なんといっても御本家インテルがこのプロセッサのために、3冊組のマニュアルを出していたところも前時代の8086系などとは異なります。

    • iAPX286 Programmer’s Reference Manual
    • iAPX286 Hardware Reference Manual
    • iAPX286 Operating System’s Writer’s Guide

先頭の iAPXは当時のインテルが使っていた何というのだろう、型番のプリフィックス的なやつです。カッコよい? そういえば、この型番で呼ばれるものの中には iAPX432のように、インテル的には黒歴史なやつもありましたな。

さて上記の3冊のうち、ぶっちゃけ最初の1冊は命令セットなどを解説するソフトウエアマニュアル、真ん中はハードウエアマニュアルです。最後の1冊が80286独特。OS屋さん向けのガイドブックです。今となっては「やらかし」あるいは「黒歴史」に見える、しかし、これこそ80286の真骨頂デス。

一例をあげれば80286は1命令で「タスクスイッチ」をすることなど可能。数百クロックをかけて、古いレジスタなどを保存し、新たな値をレジスタに格納、その際、セグメントの各種の属性の特権チェックなども実施して変なコードや触ってはいけないメモリを実行しないようにも保護してくれます。過保護なサービス?とんでもないな~。いやOS屋さんには余計なお世話だったか。

当時はまだ「セマンティック・ギャップ」論が残っていたころで、ハードウエアの側がソフトウエア(OS屋さんやコンパイラ屋さん)に手を差し伸べてあげないとだめだ、という意識があったのでしょう。やたら複雑で高級な機能が多数盛り込まれることとなりました。そういう点で80286はCISC中のCISCといっても過言でありません(誰が言った、誰が。)

そういう分け?で、約400ページ近いこの日本語解説書が昭和60年に出版されたということだと思います。マイコンおたくどももこれを読んで熱狂(したかどうかは知らず。)まあ最近のインテルのマニュアルの1万ページ以上もあるのに比べたらかわいいいもんか。

ま、しかし80286が導入したプロテクトモードの命令群、その後継の80386以降のプロセッサにも引き継がれ、最新のx64プロセッサにも残骸残っていますが、盲腸か黒歴史的扱いに落ちぶれてます。最近じゃ、使うと速度低下のペナルティまでかかってくる始末。

なんといっても80386以降で導入された、フラットなメモリ空間でページングで仮想記憶というスタイルがその後の本流となり、80286式のセグメンテーション空間でセグメント・スワップで仮想記憶などというものは忘れさられていったからじゃないかと思います。初期のIBM OS/2などいくつかのOSのみが80286推奨方式のオペレーティングシステムだったと記憶。いまじゃ使わね~やつだね。

そんなご本を掘り起こしたのは、別シリーズで使う予定があるから。ホントか?

L.W.R.(55)高性能コンピュータアーキテクチャ、Stone著 齋藤他訳、1989、丸善 へ戻る

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