
2026年正月休み明けガン発覚。5年生存率データでもラスボス級予後の悪さの膵臓ガンであります。ヤバイよ。お惚け老人も年貢の納めどきか? 膵臓のしっぽ側3分の2くらい摘出、ついでに脾臓もです。現在はほぼほぼ「標準体重」。でも喜べないっすね。今回はピーク体重96kgへの上昇と最近の急転落?の歴史を書きしるします。
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※著者は、医療素人の偏屈な老人っす。事実誤認、認識バイアス、その他もろもろ多分大あり。先にお詫びしておきます。真に受けないでくだされや。
前回は「自覚症状」の話だったですが、今回は体重デス。
3か月ぶりの歯医者さんで「痩せたね」と言われた
歯周病あり。以前から3か月おきくらいで歯科へ行って、お掃除をしてもらってます。最近の入院で「グラグラしている歯」があると全身麻酔かけるときに支障あり(口から各種の「配管」を通すとき問題になるみたい)との話もあり。当方はと言えば定期的に歯科へ通っているお陰か支障なく、まずはOKだったです。
昨日、昨年11月以来であった歯科通院。そこで一目見るなり「痩せたね」とご指摘ありました。入院の件を説明しました。入院から間が無いので歯科も「大きな処置」には何か要検討らしいです。しかし「お掃除」レベルについては特段の問題なく、普段通り実施していただきました。
昨秋から今回の退院までの間にほぼほぼ10kgの体重減少。3か月ぶりに見たらば見た目の落差が大きかったみたい。
ピーク時96kg、高度肥満のビール腹
振り返ってみれば、自分自身の肉体のイメージは「ビール腹」のおデブなオヤジです。今もそれが頭の片隅とすっかりダブダブになってしまったズボン類に残ってます。昔は体重計に乗る度、グングン「伸びる」数字が恐怖。
振り返ってみると大学へ通っていたあたりから20世紀を通じて高度肥満への道を登っていたように思います。バブルへの道はビール腹に繋がる?なんといってもビール好き、ライオン、ニュートーキョーなどのビアホール殿には大変お世話になりました。生ビール飲んでソーセージ食ってたら太るわな。また大学出た後の就職先はちょいと田舎だったのですが、レーベンブロイ(当時はアサヒビールがライセンス生産していた?しらんけど)飲ませるドイツ風のレストランあり。ドイツの歯科器具を輸入販売している地元の会社の副業だったみたい。名物はアイスバイン(ぶっちゃけ豚肉の塊だあ。)結構、通っていたらビアジョッキを貰った記憶。そんなこんなで「正統な」ビール腹の出来上がりっと。
1980年代、90年代は海外出張なども多かったです。米国に長期出張していた頃、住んでいたアパートの直ぐ近くに安いレストランあり、今じゃ考えられないけれども10ドルちょっと出したらステーキ(まあ、お求めやすい価格なりだったけれども)食って、サラダバーとドリンクは飲み放題でした。そのドリンクにはビールもあったのでピッチャーで貰ってガブのみ(多分、安ビール。歳をとってから米国出張行くと、アンカー・スチームとかサミュエル・アダムスとか地ビール的なものをいただくようになったけれども当時はお安いビールで大満足。)また、90年代は台北に月3,4回も行く生活していた時期もあり、台湾人の友人に教えてもらった地場の安い食堂で「青島啤酒」、もちろんつまみは各種中華。
といった塩梅で21世紀に入ってしばらくしたころには体重はピーク96kgの高度肥満。パンパンのビール腹となっておりました。バブルはとっくに崩壊しておったのに。
「1回目の年貢の納めどき」
今にして思えば、このときが1回目の年貢の納めどき、だったような気がします。そんなビール腹を許しておいてもらえるわけがありませぬ。健康診断、精密検査から糖尿病と診断され、治療を開始することになりました。トホホ。また、同時期には睡眠時無呼吸症候群も発覚、その後長年にわたるCPAP装置との付き合いも始まりました(愛してやまないCPAPについては別件で書くつもりっす。)
また、生活習慣も変更ありました。といっても病気を反省してのことではなく、約250km離れた事業所に単身赴任することになったからです。昔、オトーさんの転勤で各地の学校を転々とした経験のあるカミさんは子供らには同じことを経験させたくなかったみたい。それで単身ね。単身赴任先でも飲み会の声がかかれば行ってましたが、単身アパートでは酒を飲まず。あいかわらず国内外の出張は多かったですが飲むのは「時々」。そして毎週金曜日の夜、車運転して自宅に帰り、日曜日深夜か月曜早朝に単身赴任先に車で戻るというスタイルでした。車移動なので自宅でも飲めるのは土曜日に限られてました。
さらに処方された各種糖尿病薬の効果もあったのでしょう。約10年近い時間をかけて体重は82kgというあたりまで減少、この付近でしばらく安定してました。減ったとは言えオデブはオデブ。
この辺でもっと節制して本気で糖尿病に向き合っていたらばなどと今にして思うのですが、後の祭り。
昨年の結石入院前の体重
昨年11月の結石手術前には体重は78kgになってました。82あたりからの減少理由は多分2つ。一つは完全禁酒。数年前から一滴も飲まなくなったこと。問題だった高カロリーのつまみバク食いもなし。飲み会の話をいただくと、とてもガマンできそうにないので出席せず。とても悔しかったです。もう一つ、決定的だったのは糖尿病薬リベルサスっす。いっとき美容目的での服薬が問題になっていたやつ。確かに飲むと食い気がなくなり体重も減少。
しかし血糖値は以前高く(前回書いたとおり、昨年夏の数値の急悪化は膵臓ガンによりインスリンの出が悪くなったのが原因かと。これまた振り返ってみればの話だが)、血糖値高いままだと内視鏡とは言え手術にリスクあり。入院前からインスリンの自己注射、食事制限など始まりました。そして結石の手術を実施。
結石の手術後の体重
結石手術後、退院時の体重は73kgといったところでした。その当時は血糖値コントロールと食事制限等の勝利、すごい、と思ってました。ただね、今にして思えばなんだけれども、膵臓ガンの影響で体重落ちていたという可能性も無かったとは言えないデス。退院して味の薄い病院食(糖類制限に加えて血圧も高かったので薄味、そのときはちゃんと食べれていた)から解放されたというのに退院後も微妙に体重が下がっていたのです。年末には71kgとな。ムムむ。
そして恒例の年末年始で「また体重増えるか」とも思ってはいたのです。しかし今年は忍び寄るヤバイ病気の心配もあり、バカ食いもせず、体重は横ばい。そして正月休み明けのガン発覚にいたります。
そして入院、あれよあれよとほぼほぼ標準体重
そして今度はガンで入院、再度の血糖コントロールは一段レベルがあがりました。前回はOKだった血糖値では許してくれなくて「追いインスリン」打たれまくり。
前回入院時は完食していた薄味の病院食だったのですが、今回は手術の直前からなぜか食べれなくなってしまいました。もとより小心者。メンタルがヤラレタ?
そして手術。消化酵素を出す臓器を切除したのでしばらく絶食っす。まあ点滴で多少の栄養分は補ってくれているのだけれども。流動食が食べられるようになったときはとても嬉しかったです。しかし、管理栄養士の人がいろいろ工夫してくれたにも関わらず、病院食が進みませぬ。濃い味付けがひたすら恋しい。パンが食いて~、パスタが食いて~。
まあ、手術後約10日ほどで、何とか退院。このときの体重が65kgとな。ほぼほぼ標準体重。
退院し、カミさんの運転で家に戻る途中、敬愛する(会ったことなど無いけれど)モーリー・ロバートソン氏の死去が私の入院中にニュースで流れてきたことを話しました。合掌。最後はガリガリ君を食していたとのこと。そしたらカミさんが、「末期ガンの患者さんは氷を食べたくなるらしくて、末期ガンの病棟じゃガリガリ君が人気」という小ネタをぶっこんできました。あまつさえ、家に帰って冷蔵庫みたらガリガリ君、買ってあったです。
まだ末期のガリガリ君は早いぜ
とはいうものの、ガリガリ君好き。血糖コントロール的にはマズイのだけれども。最近は体重計に乗ると微妙な体重減少に怯える日々。