連載小説 第15回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

ペンネーム    桜田ももえ

<これまでのあらすじ>上諏訪時計舎6年目のIC営業部海外営業課の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを売っていますよ。海外はアメリカ担当。海の向こうに赴任中のイケメン島工作君は、みんなに人気の美結チャンと結婚しちゃいました。オフィスの隣の机には同期のトム君が座っていますが、イマイチおちゃらけ者です(笑)。最近、トム君にも何やら不穏な動きが・・・。

 

 

 

 

第15話  “ビビビ電圧”が足りなかったの?

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、文系ですが技術製品(半導体)を販売するIC営業部の4ビットAI内蔵営業レディです。私は同期の富夢まりお(トムマリオ)君とともにアメリカ市場を担当しています。なお、トム君は名前の割に純ジャパです(笑)。米国法人へ赴任した島工作君をサポートしたり、アメリカから訪問して下さる多くのお客様をサポートしたりしています。でも、島工作君はみゆチャンと結婚しちゃいました。それを、ま、いっかと思えるようになってきたところですが、何やらトム君にも不穏な動きが・・・。

一時はトム君とのロマンスの可能性を感じる事もありましたが、最近は同期で同じ職場にいる良い仲間という雰囲気になっています。それもそのはず、トム君には彼女が出来たようなのです。私も知っている検査課の涼宮ハルカちゃんです。

「ねえ、トム君、正直に話して欲しいんだけど、最近、つき合い始めたよね。」

私は、仕事が終わった後、思い切って聞いてみました。

「え、何だよ、急に」

「だって、最近全然つきあい悪いじゃん」

「そ、そんな事ないと思うよ」

「うそだあ。いいよ、私の事は気にしなくて」

「・・・って、俺と舞衣子はつき合ってる訳じゃないしな。ま、でも、同期だし、しょっちゅう飲みには行ってるけどな」

「うん、だから、気にしなくていいから(笑)」

「や、別に気にするとかしないとか、じゃなくて、舞衣子と工作は俺にとって一番親しい同期だからさ、そりゃ気にかけてるよ」

「うん、だから、気にしなくていいよ(笑)」

「ああ、でも、俺が誰とつき合ってるか知ってるの?」

「みんな知ってるよ。知らないのトム君だけじゃないの?」

「そうなの?」

「いいじゃん、ステキな子だし。私、応援するよ」

「そ、そうか?」

「私もそろそろ誰かとつき合うから。こう見えても、モテモテだからね~」

「あ、ああ・・・」

トム君はいつだったか、私にloveをいう言葉を投げかけた時がありました。でも、それは仕事上のThank youにくっつけた社交辞令的なやつで、冗談90%、もしかして本気?5%、その他5%、くらいの感じでした。もしかして本気? と、その時、ほんの一瞬妄想してしまいましたが、こっちも向こうもそれ以上踏み込めず、それっきりになっていました。

恋にタラレバは御法度かも知れませんが、もしもその時に思い切って、「私は本気になってもいいよ」 とか言っていたら、二人とも真剣に考えたかも知れません。入社以来、同じ職場を繰り返し、いつもそばにいたので、こういうのは一番最初の段階で特別が始まらない限り、なかなか関係性は変わりにくいのだと思います。それか、何かインパクトの強いきっかけがあるかどうかでしょう。

結局のところ、私は島工作君とも閾値を超えず、富夢まりお君とも閾値を超える事がありませんでした。私だって、別に恋に臆病な訳じゃないですから、たまたまの巡り合わせとでもいうのでしょうか。二人ともとってもいいヤツ過ぎて、逆に閾値を超えてはいけないような力が働いていたのかも知れないと思います。

あ、敷地(しきち)じゃなくて閾値(しきいち)ですよ。文系の私だって、ICセールスレディですから、半導体の仕組みは大体分かってますって。閾値とはスレッシュホールド電圧(Vth:Threshold Voltage)の事ですね。その電圧がある値を超えるかどうかで、そのトランジスタがオンになって電流が流れるかどうか決まるって事ですよね。え、合ってます?

恋愛に置き換えてみましょうか? 恋のビビビ!が恋愛のステージへ誘う門(ゲート)にかかる電圧です。ビビビが強いか弱いかで恋が始まるか始まらないかが決まります。ビビビがある強さを超えると、恋のスイッチがオンして私(ソース)と彼(ドレイン)の間に恋の電流が流れるって事です。

ほっといてもすぐ恋に落ちるのは閾値が低い人です。つまり、それ程の強いインパクトがなくても、すぐに恋に落ちちゃう。それはそれで、ちょっと心配ですね。かといって、閾値が高すぎて、どんなに強いビビビがきてもなかなか恋愛のステージへの扉が開かないという場合は、ちっとも恋が始まりません。

私と島工作君やトム君の場合はどうだったのでしょう。ビビビ電圧Vthを超えそうになった事はあったものの、完全に超える事はなかったため、スイッチはオンせず、ついぞ恋の電流が貫通する事なく今の今まできてしまったという事なのでしょう。結局、二人とも別の人とのトランジスタを形成し、Vthを超えてしまった。ああ、何てこと、私は悲劇のヒロイン?

でも、ま、ここは切り替えて、私も別のトランジスタを形成しちゃおうかな、って感じですね。

さて、恋のトランジスタで気をつけなければならないのは、ビビビは一定以上の強さで継続していないと、恋の電流がストップしてしまう事です。電流がストップするという事は二人の心の繋がりが途絶えてしまうという事ですね。ビビビ電圧を一定以上に保つというのは結構大変だろうと思います。人々が時々バラの花束を贈ったりするのは、ビビビ電圧の保持を目的としているのだと分かります。半導体って勉強になりますね(笑)。

この続きはまた次回お話します。私もこのままではいられませんので(笑)。

 

第16話につづく