<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社9年目のIC営業部海外営業課の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。わけあって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを海外に売っているんですよ。でも、もう大台に乗ってしまいました。そして独身のまま・・・(焦)。
第28話 高速回転とアテンションプリーズ
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、文系ですが技術製品(半導体)を販売するIC営業部の4ビットAI内蔵営業レディです。私は同期の富夢まりお(トムマリオ)君とともにアメリカ市場を担当しています。なお、トム君は名前の割に純ジャパです(笑)。私もトム君ももう主任です。職場には後輩も沢山入ってきて楽しいのですが、私は独身のまま、大台に乗ってしまいました。オーマイガーなのです。
久し振りに飲みに来ています。私の目の前には後輩の大木金太郎君(ニックネーム)とその隣には私と同期のトム君が配置され、私とトム君で金太郎君を取り囲んでいるような感じになっていました。金太郎君は私と同じ早慶大学の後輩ですが、キャンパスは山手線の南半球側でした。私は北半球です。
彼は私とは全く異なるタイプの人格でした。というか、金太郎君と同じタイプの人格の人は殆どいないと言った方が正しいかも知れません。どのように人格が変わっているかといいますと、
- 通常モードにおいての脳ミソの回転は素晴らしいが、
- あるきっかけによって脳がしばしば高速回転し、
- 回転速度が閾値を超えると制御不能の暴走回転になり、
- 高速の空想が制御不能の妄想に変貌し、
- 人智をはるか超えるあっと驚きの行動で世の中を賑わす
あ、すみません、これって人格の事ではありませんね。脳ミソの特性に関する記述でした(笑)。でも、本当に面白いんです、金太郎君は。
トム君がビールをもう1杯注文したところで、金太郎君に言いました。
「金太郎、そういえば、今日アメリカの担当と電話で話してたら、Mr.Ohkiは元気かって聞かれたぞ」
「え、誰ですか、それは?」
「ローリーだよ」
「ああ、ローリーですか。懐かしいなあ・・・。彼女は、わーしがSS-Systems でのトレイニー期間を終えて帰任する最終日に、わざわざサンキューカードをくれたんですよ。Mr.OhkiのFarewell Speechが素晴らしかったって言って」
「おお、金太郎のスピーチは、俺もたまたま出張でSS-Systemsへ行っていたからリアルで聞いたよ。俺もいたの思えてるだろ?」
「もちろんです」
「あれは、良かったなあ。アメリカ人の心にも響いていたよ」
「ちょっと照れくさいですけど、そう言ってもらえると嬉しいです」
「じゃ、ちょっとやってみるか。 “When I was in Japan, I put an American flag on the ceiling of my room. And, then,・・・”」
「ちょっとやめてくださいよ。恥ずかしいですよ」
トム君が、金太郎君の陶酔したような口調を真似て喋るので、私は思わず吹き出してしましました。
「もう、トム君、やめてよ。それ、もう10回目だよ(笑)、その話、聞くのは・・・。それに、その自己陶酔型の口調もさあ・・・」
「ええ、わーしって自己陶酔してました?」
「私は直接聞いてないから、知らないけど、金太郎君ならいかにもそんな風に喋りそうだよね」
「そうですかあ?」
そこで、トム君も言いました。
「おい、金太郎、自分で分かってないのか? 多くの人に向かって喋る時、自分だけの世界に果てしなく深く入り込んでるぞ、君は」
「え、そうですか?」
「それに、アメリカで何かの会議の時に、皆に向かって “Attention, please !” って言って始めちゃったそうじゃないか」
「ええ、そういう事もありましたけど」
「それって、場違いの言葉選びじゃなかったか?」
「え、そうなんですか?」
「そうだよ。君の立場だったら、偉そうにそんな命令的な事を言うのは場違いだぞ、多分」
「でも、飛行機ではAttention, pleaseって言いませんか?」
「いや、飛行機でもめったな事ではそんな言い方は聞かないぞ」
「そうですか?」
「ああ。そんなの、よっぽどの緊急時みたいな感じだよ、多分」
「でも、TBSのスチュワーデスドラマ番組で紀比呂子さんが言ってましたよ」
「まあ、言ってたけど、あれはドラマだから、分かりやすい言い方をしたんだろ。普通、機内で聞くのは ”May I have your attention, please ?” だろ」
「そうなんですか?」
1970年という遙か昔に「アテンションプリーズ」というドラマが放映されていました。私が中学生くらいだったでしょうか。その頃はフライトアテンダントの事をスチュワーデスと呼んでいて、カッコいい制服に身を包み、外国人とも平気で英語でしゃべっているスチュワーデスは女の子の憧れの的でした。女子学生からの人気職業ランキングで必ず上位にくる職業の一つでした。
田舎の高校を卒業後スチュワーデスを目指すというヒロインを演じた紀比呂子さんは本当に可愛くてステキで、私も憧れていましたね(笑)。
国際線のキャビンアテンダント(スチュワーデス)は海外へも行けるからと人気の仕事だったので、私も少々考えた事もありましたが、やめておきました。だって、身長制限があったんですよ、スチュワーデスって。平均よりもややチビッコ気味の私は、やめておきましたの、おほ。
でも、今は海外営業レディですから、しばしば海外出張もありますし、毎日、英語でやりとりしてますから、問題はありません。それに、スチュワーデス顔負けのボディコンも似合っていたんです。うふ。
あれ、そういえば、本日は半導体のお話は殆どありませんでしたね。日本と世界の半導体や電子産業の光と影を壮大に語る大河小説のはずでしたが、まあ、こんな日もあるのでしょう。
トム君と、金太郎君やみんなと飲み歩いていたこの頃、1988年。時代はバブル真っ盛りでした。