連載小説 第41回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。わけあって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任しちゃいました。同期の工作君とトム君も一緒に赴任中。しかし、私の身体には思わぬ異変が忍び寄ってきていました。水平方向への成長です。そんな中で出会ったのは・・・。

 

 

第41話  君の名は?

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社で10年になろうとしています。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任しました。しかも、同期の富夢まりお君も島工作君も一緒で、何てステキ!と思いきや、思わぬ落とし穴が・・・。だって美味しいレストランが多すぎて、私の見事な(笑)肉体にも水平方向成長化という由々しき異変がおこりつつあったのです(汗)。

 

前回お話した、日本からの出張者と会食をした「江戸は東京」という名前の日本食レストランでの続きをここでお話しなくてはなりません。何故かと申しますと、目下の課題である水平方向成長化がどのような影響を投げかけていたかという事の次第を記録しておかねば、大河小説としての大事な一コマが欠落してしまうと思うからなのです。

その日、会食を終えて帰ろうとした時のこと、レストランのレジ付近で思わぬと再会してしまったのです。それは、昨年の元旦の日に渋谷区は明治神宮で離ればなれになってしまったあのお方でした。

「あっ、青井さん。青井倫吾郎さんですよね」

私は嬉しくなって思わず声をかけました。シリコンバレーはクパチーノにあるアップルに現地採用されて働いている青い倫吾郎さんです。私の母の同級生の次男さんで、1年ほど前に、ちょっとしたデート(?)をしたお相手です。

「え、あ、そうですが・・・」

「私です。私」

「えっと? ワタシさんですか・・・」

「はい、私です」

「ああ、ワタシさん・・・。えっと、どちらでお会いしましたっけ?」

「え、お分かりになりませんか?」

「えっと」

「それに、お会いした事はしたんですが、どちらかと言えば、お会いしたというより離ればなれになってしまったと言った方が・・・」

「離ればなれ」

「そうです、1989年1月1日です。今から1年少し前の原宿駅でお会いして」

「原宿駅でお会いして」

「そうです、その後、離ればなれになった」

「あ、えと、離ればなれになってしまった・・・」

「そうです、私です」

「あ、あの、えと、まさかの?・・・」

「思い出せませんか?」

「いや、その、失礼ながら・・・Excuse me・・・」

「え、私の名はお忘れですか?」

「いや、そんな事は・・・ちょっと a moment・・・」

「私は青井倫吾郎さんと覚えていますよ」

「いや、ちょっと待って。Wait a minute・・・」

「・・・」

「実は、記憶喪失になってしまって・・・」

「え、青井さん、記憶喪失になってしまったんですか? 何かの事故ですか?」

「いや、事故とかではありません。ほんの2分前からの記憶喪失なので、大丈夫だと思うのですが・・・」

 

その時、先に出口へ向かっていたトム君が大きな声で私に言いました。

 

「おい、先に行ってるぞ、舞衣子ぉ

 

青井さんの顔色が一瞬にして変わりました。

 

「え、舞衣子さんなのですか? あの、詠人舞衣子さん?」

「え、ええ、ワタクシ、詠人舞衣子です」

「おお! 舞衣子さん! 明治神宮で離ればなれになった舞衣子さんでしたか」

「ようやく思い出してくれました、青井さん?」

「ええ、明治神宮での事はよく覚えているのですが、あなたは舞衣子さんだったのですね」

「はい。でも残念です。私を覚えていて下さらなくて」

「あ、や、いえ、その」

「いえ、大丈夫です、一度お会いしただけですものね」

「あ、や、いや、その・・・」

「どうされましたか? 記憶喪失?」

「あ、や、いや、その・・・」

「記憶喪失は2分前からで、もう元に戻ったんですよね?」

「ええ、そうなんですが・・・」

「じゃあ、どうしたんですか? 早く言ってくれないと・・・。連れが待っているので・・・」

「そ、そうですね。いや、あの時は失礼しました。まさか、初詣の明治神宮がいくら混雑していてもはぐれてしまうとは思っていなくて、もう少し気を付けていれば良かったんですが・・・。ま、それか、手を繋いでいれば・・・、あ、変な事を言ってしまいました、ごめんなさい・・・」

「私は手を繋いで頂いても良かったんですけど・・・」

「いや、始めてお会いしていきなり手を繋ぐというのも・・・」

「ええ、もうその事はいいんですが、私の事をお忘れだったんでしょ?ホントは」

「え、いや、まあ、舞衣子さんが1年前にお会いした時の印象と少々変わっていらっしゃったものですから」

「え?」

「あ、その・・・印象です、はい」

「そうですか」

「あの、舞衣子さん、髪型は違いますよね、あの時と?」

「え、それで、分からなかったんですか?」

「多分・・・」

「・・・」

「それに、ボクは女性のお顔を覚えるのが多分他の人よりも苦手で、特に髪型が変わると分からなくなってしまう事があるのです」

「そうなんですか、確かにあの時とはヘアスタイルは違いますけど・・・」

 

私はこのあたりで流石に気づいていました。髪型とか何とか言ってらっしゃいますが、顔そのものなのです、きっと・・・。

何が、記憶喪失でしょうか。そんな訳がありません。プンプン!

段々、プンプンの感情が高まってきてしまっていました。でも、それは青い倫吾郎さんに対してではなく、自分自身に対してです。

お分かりになりますか? 何故に私が自分自身に対してプンプンになってしまったか・・・。倫吾郎さんは私の名前も明治神宮ではぐれてしまった事件もすっかり覚えているのです。でも、その時の顔と今の顔が一致しないのです。

倫吾郎さんは悪くありません。一度会っただけでヘアスタイルも変わっていて雰囲気も変われば誰なのか分からなくなる事だってあるでしょう。だから、倫吾郎さんのせいではないのです。

それは私自身のせいなのでした。だって、私が水平方向に成長して見た目が変わってしまったから!

Oh, my goodness なのです。水平成長化が全ての元凶だったのです。

倫吾郎さんは私を傷つけまいと言葉を選んで選んで、記憶喪失という事になってしまったようですが、本当のところは、水平成長が原因とされる顔面不認識(平たく言えば太った)を言葉にできなかったのに違いありません。

私は急速に恥ずかしくなってきました。耳も赤くなっていたに違いありません。そして、自己の羞恥心があっという間に増大し、コントロール不能状態に陥ってしまったようです。心理学科卒業らしからぬ思わぬ言葉を投げかけてしまいました。

 

「倫吾郎さんのバカ!私はあの後、原宿駅でずっと待っていたのに!」

 

私は、そう言ってしまった後で、あれ、何言っちゃったの? これはヤバいよ、そんな事を言う積りじゃなかったのに、と思い直しましたが、何だかもうげ出すしかないような雰囲気に思えて、振り返りもせずに日本食レストラン「江戸は東京」の出口のドアから駐車場へ向かいました。

その時、青井倫吾郎さんは、呆然として私を見送っていたそうです・・・。

誰からその事を聞いたですか? それは、後日になってお会いした本人からそう聞く事になったのですが、それはまだ暫くしてからの事でした。

思いもよらない言葉を口走ってしまった自分自身に反省しつつ(汗)、3度目の邂逅の顛末はこれにて終了します。早く4度目の邂逅を果たしてゴメンネしたいです。だって、3回しか会ってないけど、倫吾郎さんはステキな人に思えたのでしたから・・・。

 

 

 

第42話につづく

第40話に戻る