連載小説 第40回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。わけあって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任しちゃいました。同期の工作君とトム君も一緒に赴任中という黄金時代。しかし、私の身体には思わぬ異変が・・・。

 

 

第40話 会食と成長

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の10年目。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任しました。しかも、同期の富夢まりお君も島工作君も一緒です。何てステキ!と思いきや、思わぬ落とし穴が。だって美味しいレストランが多すぎて、私の見事な(笑)肉体にも異変が・・(汗)。

 

ある日の会食で、私はトム君やニックとともに日本からの出張者お二人をエスコートして、「江戸」という名前の日本食レストランへ行きました。シリコンバレーでは日本食がブームになっており、日本人だけでなく、多くのローカルの人々が訪れていました。ビジネスで会食に使う人も多かったので、予約をとるのも結構大変です。

「いやあ、今日は助かりましたよ、舞衣子さん。結構タフなミーティングでしたからね」

出張者の方が言いました。

「いえ、私はLiaisonとして日米をコーディネイトするのが仕事ですから。でも、お役にたてて良かったです」

「ホント、助かりました。それにしても舞衣子さんは英語もお上手だけれど、流石の交渉力をお持ちで、素晴らしいですね」

「そうですか。それはありがとうございます」

「それに、客先との押し引きの呼吸が見事でびっくりしました。やはり、営業をやってきたからなんですか?」

「見事だなんて、恐縮です。うふっ」

「あの、彼女は心理学科卒業なんですよ。相手の気持ちを読むのがうまいんですよね。だから、交渉はお手のものみたいで。な、舞衣子」

「あら、トム君、褒めてくれてるのかしら?」

「勿論だよ」

「相手の気持ちを読むのが得意な割に、どういう訳かいまだ独身なんですけどね、私」

「いや、舞衣子、そこはいいから・・・アハハ」

てな調子で、出張者の前でも、可笑しな会話になってしまう私とトム君でした。

日本からの出張者はIC実装部の方で、ICを客先の希望するプラスティックモールドパッケージに入れ込んだりする実装受託サービスを行っています。サイコーエジソン株式会社半導体事業部では、自前のICを販売するだけでなく、製造の一部を請け負うシリコンファンドリーや実装受託ビジネスも展開していました。

この頃のシリコンバレーではファブレス半導体メーカーが数多く立ち上がっており、製造受託は我々の強みだったので、いくつものメーカーとビジネスが成立していました。しかし、半導体技術は日進月歩ですので、新しい要求が毎日のように出てくるのです。それらの技術的な要求に応えなければならないだけでなく、価格や納期など、調整しなくてはならない事が山のようにあります。日本の事業部とSS-Systemsのローカルスタッフとの間で直接調整できる事はどんどんやって貰うのですが、時々難しい交渉になると今回のように日本人赴任者も入り込んでローカルスタッフとの調整だけでなく、顧客との調整も行います。私自身、エンジニアではないので、難しい技術的な調整を行う場合は、事前にかなり勉強しないといけません。英語が喋れるだけでは全くビジネスにならないのです。この点はずっと苦労のしっぱなしでした。それに、なんてったって、ワタクシ、文系です。心理学科卒業です。デンキもキカイも基礎的に中学生レベルです。自慢ではありませんが、直列と並列のつなぎ方は知っていますが、どっちがパワフルかと聞かれても、どっちでしょう?としか答えられないポンコツです。

この日の客先との交渉は、TAB(Tape Automated Bonding)の新しいスペックをどうしてもこうして欲しいという顧客の要望に対して、どうやって品質を維持しつつ、それを実現するか。そして、どんな開発日程で、どんな価格で、などを全て調整しなくてはならないという話でした。

しかし、それと同時に学ぶ事も多かったので、非常にやりがいを感じてもいたのです。

日本の大手半導体メーカーは製造技術を切り売りするようなビジネスはあまりしませんでしたが、中小半導体メーカーのサイコーエジソン株式会社では、自前の製品を開発して販売する事に加えて、製造受託ビジネスも積極的に取り組んでいました。そうする事で売上げを増大し、事業の基盤をつくっていたのです。

製造受託には大きく分けて二つあります。半導体の重要な回路部分をシリコンウエファー上に作り込むシリコンファンドリーという仕事と、それを最終的な製品として使えるようにパッケージやTABなどに入れ込む実装受託の仕事です。

R&D(Research & Development)と言われる開発設計を得意とする米国の新興半導体メーカーは、製造は第三者に委託する事で成功し勢力を伸ばしていきました。

半導体やITなどの新規産業において、非常に大雑把に言えば、新規技術や市場の開発は欧米、モノの製造はアジアというグローバルレベルでの棲み分けがされていった頃です。その後、シリコンファンドリーでは台湾、シンガポールなどの企業が世界的な供給者になっていきますが、もう少し先の事ですね。

電子電機産業全般に言える事ですが、総じて日本企業は製造には長けているものの、新商品を世に出すという点では次第に遅れを取っていくという展開が徐々に起こりはじめていました。日本の半導体産業にとってもその光と影がちらつきつつあったのです。

なのに、私はトム君たちと吞気に漫才みたいな会話をしていました。それだけじゃなくて、ナイスバディの持ち主であるはずの私が水平方向へ成長化する傾向にあり、色気より食い気を体現しつつあるという由々しき事態に陥りそうになっていたのでした。あらら・・・。

ナイスバディは回復できるのかしら?

この続きはまた次回。

 

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