連載小説 第45回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。わけあって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任しちゃいました。食生活の変化による水平方向成長をものともせず、同期の工作君とトム君とも一緒に毎日忙しくやっています。それにしても青井倫吾郎さんからの電話が途中で切れてしまうという不運に見舞われ、アポなし状態です。

 

 

第45話 Ringo

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社で10年になりました。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任。しかも、同期の富夢まりお君も島工作君も一緒で、何てステキ!と思いきや、思わぬ落とし穴が・・・。だって美味しいレストランが多すぎて、私の見事な肉体(笑)にも水平方向成長化という由々しき異変がおこり、偶然再会した“青井の君”には私だと認識してもらえない事態になったものの、後日お電話を頂き、ディナーのお約束を。しかし、途中で電話が不通になり、アポは成立していません。とほほ。

 

そんなある日のこと、マーケティングのロバート君が話しかけてきました。

“Hi Maiko, can you do me a favor ?”

“Sure I can if it’s an easy issue. Otherwise, I need some chocolate.”

“Oh, what kind of chocolate ?”

“No, I’m just kidding.”

私はニコニコしながら、答えました。こういうジョークはきちんと明らかにジョークだと分かるように言わないとアメリカ人はホントにチョコレートがなければ何もしないのだなと捉えてしまう危険性があります。特に多様な人種が集まるカリフォルニアでは、あうんの呼吸とか言わなくても分かるなどという事はありません。

ロバート君は香港からやってきた移民なので、ホントの母国語は広東語なのですが、子どもの頃にアメリカへ来てカリフォルニアの大学を出ているので、今では英語と広東語のバイリンガルです。

 

“What do you want, Robert ?”

“I’m trying to promote our SRAM to PC makers. Do you happen to know any Japanese person who works for Apple ?”

“Why Japanese in Apple ?”

“I heard my Japanese friend I met in UC Berkeley works for Apple now. But, I haven’t seen him for long time and don’t know his number. I want to contact him for SRAM promotion to Apple. We have no business with Apple so far. That’s a problem.”

その頃、我々はAppleと殆どビジネスができておらず、急成長していたAppleに何とか入り込みたいと考えていました。ロバート君はAppleに勤めている大学の同級生とコンタクトを取る事で突破口を見つけようとしているようでした。

“What’s his name, Robert ?”

“That’s the problem. I don’t remember his name.”

“You don’t remember your friend’s name ?”

“Unfortunately not.”

“It means he is not your friend.”

“Year, he is. We sometimes had drinks together. But, I don’t remember his name.”

ちょっと一緒に飲みに行ったくらいで名前を忘れてるなんて、友達じゃなくてただの知り合いじゃん、と思ったのですが、まあ、話につき合ってみました。

“I know one Japanese guy only.”

“What’s his name, Maiko.”

“Ringoro.”

“Ringoro ?”

“Yes, Ringoro Aoi.”

“Oh, Bingo ! Ringo Aoi !”

“Is your college friend Ringoro Aoi ?”

“Year, he is called Ringo. Ringo Aoi. Now, I remember his name.”

“What a coincident, Robert. He is my mother’s friend’s son.”

 

何と、青井倫吾郎さんはRobert君の大学同期だったようなのです。

 

“Hey, I need to contact him. Can you give me his number, Maiko ?”

“Ooops, his number.”

“Year, his number.”

“Ummm.”

“What’s wrong ? Give me his number, Maiko.”

“Well…”

“Come on, Maiko. I won’t let you in any trouble.”

“I know him. But…”

“But ?”

“I don’t know his number.”

“Why not ?”

“Because…”

 

威勢良く、青井さんなら知ってる!と叫んだものの、”これまで3回お会いした事があって、最近電話をもらって、ディナーの約束をして、電話が切れてそれっきりになっている”青井倫吾郎さんですが、実は電話番号すら知らないというオーマイガーの状態なのでした。

結局ロバート君には、調べてみるので分かったら教えるという事で、pending issueになったのですが、それにしても、私って、倫吾郎さんの事を何も知らなかったのだと、少々落ち込みました。だって、そもそも彼がバークレー出身だとは知らなかったのです。どこの大学で何を学んだかも知らないまま、「青井の君」 などと浮かれていた自分にがっかりし、尚且つ一体ディナーの約束はどうなってしまったのか、ちっともそれっきり何も言ってこないのは何故なのか、と少々イライラしてしまったのでした。

それにしても、青井倫吾郎さんが、私の同僚のロバート君と大学での友人だったとは世間は狭いものです。それも太平洋を越えての事ですから、“いとをかし”ですねえ。

サイコーエジソン株式会社はSS-Systemsを通じてHAL社とも大きなビジネスがありましたから、PCのもう一つの雄であったApple Computerとビジネスがあってもおかしくはなかったのですが、どういう訳か全然商売はありませんでした。そこで、我々は標準品であるSRAMで何とか入り込もうと考えていたのですが、そう簡単にはいっていなかったという訳です。

私だって、Appleのマッキントッシュに自分たちのICが入っているとなれば、何だか嬉しいですし、ちょっとした社会貢献感も生まれます。そこで、何とかして青井倫吾郎さんとコンタクトできないか考えてみました。

  • 以前、倫吾郎さんと偶然再会した日本食レストラン「江戸は東京」で張り込む。また来るかも。
  • 母親を通じて倫吾郎さんのお母様から倫吾郎さんの電話番号を聞き出す
  • Appleの全事業所に電話をかけまくる
  • 倫吾郎さんからの電話をひたすら待つ

皆さんだったらどうするでしょうか。

1番は確実性がありません。また、あのレストランに来るかも知りませんが、どうなる事やら。

2番はヤバいです。ちょっとヤバいです。

3番はスゴく大変です。オペレーターに時間をかけてわざわざ探して貰って結局いない、となる確率99%。

4番は・・・

結局、どうしたら良いか分からないまま、時間が過ぎて行きました。

ただ、Appleに入れたとしてもSRAMかASICで、心臓部のCPUではないんですよね。だって、サイコーエジソン株式会社にマイコンはあってもメインCPUはなかったので・・・。

まあ、Intel様やAMD様と真っ向勝負もできないし、身の丈でビジネスができないかと考えていた頃のお話です。

 

 

第46話につづく

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