<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京から海外市場をサポートしています。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しですが、台湾や韓国などの新興勢力も台頭してきて、日本の電子デバイス業界も大きな影響を受けていました。
(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら)
第146話 妻は女子大生?
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の23年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん変化していくので、ビジネスも大忙し。我々の半導体の売上げも2000年にはサイコー!だったのですが、その後、状況は変化していきました。
年が明けて2003年になりました。2002年10月に、同期のトム君が名古屋へ転勤になった事は前回お話した通りですが、名古屋勤務と言っても、東京に営業本部があるので、かなり頻繁に東京へやってきます。その日も部門長会議で東京へ来ていたトム君と、工作君の同期3人で新年会を行う事にしました。1月も後半になっていましたが(笑)
「寒いけど、やっぱビールだな、俺たちは」
「トム君って、ほんとビール好きね。でも私もやっぱビールだわ」
「ぼくもビールだ。かんぱ~い!」
と工作君が号令を発して、新年会はスタートしました。
「ところで、名古屋の生活はどうなんだ?」
「そりゃ、面白いぞ。20人のこじんまりした所帯だから和気あいあいでさ、メンバーには昼夜にわたってお世話になってるって訳だよ」
「昼夜にわたってか」
「ああ、朝食は自分で用意するけどな(笑)」
「夜は誰かがトム君のお世話してくれるって事?」
「いや、そうじゃなくて」
「なんなのよ」
「それがさあ、舞衣子、毎日忙しくて、家で食事する事は殆どないんだよ」
「何が忙しいのよ」
「だから、ほぼ毎日誰かとお食事に行くんだよ」
「お食事?」
「ま、お食事というよりは飲みにでした」
「でしょ。正直に話しなさいよ」
「すみません」
「で、誰と飲みに行ってるの?」
「や、それはその時によってなんだけど、接待も多いし」
「まさか、女子じゃないでしょうね?」
「いや、その・・・」
「え、もしかして、そうなの?」
「そうじゃなくて、大体は吉村とか大玉とか船戸なんだけど、時々はそこに女子も一緒にって事だよ」
「ふ~ん。いいご身分ね」
「いや、ご身分ってほどの事はないんだけど・・・」
「そ」
「まあ、舞衣子、その辺で許しときなよ。たまに、職場の女子も一緒だっておかしくないだろ?」
「へえ、そう、工作君がそういうなら、そうなんでしょ」
「おい、舞衣子、女子とだけ飲みに行くなんて訳じゃないからさあ」
「ま、いいわ、トム君、あなたが名古屋でいいご身分な事は分かったけど、単身赴任だからって、好き勝手していいと思ったら大間違いだからね」
「だから、舞衣子、俺はいいご身分でもないし、好き勝手もしてないからさあ」
「そ」
「分かってくれよ、週末は全部、家族のところに帰ってるんだぜ」
「そんなの、当たり前でしょ」
「でも、交通費だって結構大変なんだぜ」
「そ」
「ところで、トム、4月からは家族も名古屋へ行くんだって?」
「そうなんだよ。海ちゃんと娘っこちゃん二人も来てくれるんだよ」
「良かったな」
「うん」
「じゃあ、今のマンションから引っ越すのか?」
「ああ、四人家族で1DKって訳にはいかないからな」
「もう、住むとこ決めたの、トム君?」
「いや、これから探すんだよ」
「また、引っ越しだね」
「ああ」
「じゃ、こっちのお家はどうするの?」
「賃貸するって事かなあ・・・」
「また、それも大変ね」
「そうなんだよ。転勤ってホント大変だよ」
「分かるわ・・・」
そうなんです。転勤ってホント、大変なんです。私もトム君も、アメリカへ赴任して、その後、ドイツに渡って、日本へ帰ってきて、と転居を繰り返し、そのたびにとても大変でした。しかも、トム君は今度は自分の家を建てたばかりだというのに、名古屋へ転勤になりました。
家も持つと、その途端に転勤になるというのは、当時のジンクスみたいなもので、会社員は当たり前のように、国内外含めて、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりになるケースが多かったのです。バブルが弾けた後は景気が低迷したとはいうものの、大きな流れで見れば、まだまだ経済社会のダイナミズムは失われてはおらず、事業が動いていく度に、組織や人事も動いていくのでした。
「ところで、トム、海ちゃんは名古屋行ってどうするんだ?」
「うん、東京でも短時間の仕事はしていたから、名古屋へ行っても何か新しい仕事を見つける事になるかなと思ってたんだけど」
「だけど?」
「仕事じゃなくて、学校へ行く事になりそうなんだよ」
「へえ、学校かあ。いいじゃないか。どんな勉強するんだ?」
「言語学とかをやりたいらしいよ」
「やるなあ、海ちゃん!そしたら、トム、お子ちゃまたちはどうするんだ?」
「保育園に入れる算段をしてるよ」
「そうか、それは素晴らしいぞ」
「ああ、全部うまくいけばだけどな」
「行くよ、きっと。トムと海ちゃんなら」
「そうだな。ありがとう」
「で、どこの学校で勉強するんだ?」
「うん、N大学へ編入できるように勉強してるよ」
「そうか、スゴいな。編入試験受かったら、また大学生か、海ちゃん」
「そうなんだよ」
名古屋転勤が決まった当初から海ちゃんがこの構想を練っていたという事を私は聞いていたので、いよいよ実現に近づいてきたと知って、私まで嬉しくなってしまいました。
「ねえねえ、トム君、それってさ、ちょっとカッコ良くない?」
「カッコいいか?」
「だって、“妻は女子大生”でしょ?」
「お、そうだぞ、トム。妻は女子大生だ。普通は犯罪だ(笑)」
「アハハ、そうだな。妻は女子大生か」
「そうだよ、トム君」
「アハハ」
「アハハ」
「アハハ・・・」
ってな会話をしながらビールをいっぱい飲んで、1月遅めの新年会の夜は更けていったのでした。
全く、幸せな私たちでしたね(笑)