
桜田モモエ
<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品の営業に携わっています。10年近くに及ぶ海外赴任(アメリカ、ドイツ)を経て、今は東京勤務。インターネット、IT機器、携帯電話など新しい技術や製品が日々生まれ、それらをサポートする我々の電子デバイスビジネス(半導体、液晶表示体、水晶デバイス)も大忙しだったのですが、世界は激変していきます。乗り遅れると大変な事になっちゃうんだけど、もう乗り遅れてる?
(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら)
第175話 自分で考える
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の27年生。文系ですが技術製品(半導体などの電子部品)の営業に携わっています。10年にわたる海外赴任生活(アメリカ、ドイツ)を経て東京勤務中。世界のIT産業はどんどん進歩していくので、我々の半導体の売上げも伸び続け、2000年にはサイコー!だったのですが、その後、年々売上げは下がり続けていました。ゆでガエル状態?どうなっちゃうの私たち? それに私は丸っこくなっちゃてるし(汗)
「舞衣子、今度さあ、全社的に外部のコンサルに入って貰って、事業戦略の見直しをする事になったらしいんだよ」
「コンサル?」
「ああ、コンサル」
「コンサルねえ」
「コンサルだよ、舞衣子」
「で、そのコンサルって何をしてくれるの?」
「う~んと、コンサルだから、コンサルしてくれるんじゃないのか?」
「ふ~ん」
「おい、分かってんのかよ、舞衣子」
「分かってないわよ。トム君こそ、分かってんの?」
「う~ん、良く分かってないか・・・」
「そもそも、事業戦略って事業の戦略なんだから」
「そのまんまじゃんか」
「その後が大事なのよ」
「なんだよ」
「自分の事業の戦略なんだから、自分で考えなきゃダメって事よ」
「ま、そうだよな」
「誰かが教えてくれるっていうなら、その誰かにその事業をやってもらえばいいじゃん」
「ま、そうだよな」
「仮に誰かの力を借りるって言ったって、最後は自分で決めなきゃいけないのよ」
「ま、そうだよな」
「コンサルだって、自分で事業をやる訳じゃないし、何が正解か分からないから、好きな事を言えちゃうのよ」
「ま、そうだよな」
「結局、事業をするのは自分たちなんだからね」
「ま、そうだよな」
「何よ、トム君、さっきから、ま、そうだよな、しか言わないじゃない」
「ま、そうだよな」
「私だって、前回はトム君に懺悔して、色々考えたのよ。自分たちでちゃんと考えなきゃって。でも、確かな答なんか見つからないんだよね。だから、外部の力も借りなきゃって分かってる。でも、それだけじダメだよ。コンサルの分析や意見は聞くにしても、自分たちが主導で進めなきゃ」
「ま、そうだよな」
「ねえ、トム君、ま、そうだよな、だけじゃなくて、何とか言ってよ!」
「ま、そうなんだけどな・・・」
「考えてる事あるんなら言ってよ」
「・・・」
「ないの?」
「・・・」
「もう!」
「・・・」
「・・・」
暫く、気まずい沈黙が流れました。ビールを一口、二口と飲みながら、私は力なく枝豆の鞘を押して、一つぶずつ口の中に放り込んでいました。
電子電機業界においては日本優位の時代は終わり、各企業も業界全体も新たな方向性を見いださなければならない時代になっているという状況の中、我社の今年6月の株主総会では社長がかわって、経営の若返りがはかられていました。新社長は、1兆円規模に成長し、ワールドワイドで数万人の従業員を抱える会社の将来を託される事になったのです。
常務から昇格して新たに就任した社長は、私の2歳先輩ですが、もうほぼ同世代です。その意味で言うと、社長や役員は勿論なのですが、経営の一端でも担う私たちの世代全部が、サイコーエジソン株式会社の将来を決めて行かなければいけない訳で、「よく分かんないから誰かお願いね」と言っていられないのではないかと私は思っていました。
然るに、トム君はというと、「ま、そうだよな」 としか答える事なく、何を考えているかも分からない状態で、時々ビールを口に運んでいるだけに見えました。
私だけ焦っても仕方ないのは分かっていますが、管理職になっている同年代の多くが、この会社の将来について語っていない事には危機感を覚えていました。
トム君も私も暫く黙ったままでしたが、大抵こういう状況の時は、ずっと黙っていられない性格の方が何かを言い出します。どちらが黙っていられない方かと言いますと、両方とも黙っていられない性格で、とうとう二人とも口を開いたのでした。
「あのさあ」「あのね」
「あの」までシンクロしてしまった私たちでしたが、
「あ」「あ」
とまた同期し、しばらく間合いを伺ったあと、
「私ね」「俺さ」
とまた重なってしまったのでしたが、私は慎重に同期しないように次の言葉を言いました。
「トム君、先に言って」
「あ、ああ・・・」
「どうぞ」
「うん、俺も考えてたんだけどさ、舞衣子の言うとおりだと思ってさ」
「そうなんだ」
「でさ、今度、コンサルとの最初の会議があるんだけど、舞衣子にも出席して欲しいって思ったんだよ」
「うん、いいよ」
「全社的にコンサルに入って貰うのは多分初めてだから、よく分からないところもあるんだけど、大体この手の話の時って、みんな受け身なんだよね」
「経験的にはそうね」
「でさ、舞衣子の言うとおり、自分で何かを決める事が目的で、そのための手段としてコンサルに手伝って貰うってのが本来の姿だと思うんだけど、皆受け身なんで、そういう感じにならないんだよな」
「最初からコンサルの言う事に従ってるって感じね」
「そうなんだ」
「それなら、私が入る意味もあるかもね」
「ああ」
「でも、できるかなあ、私たちに?」
「何が?」
「コンサルのペースじゃなくて、自分たちが場を回すっていうの?」
「ああ、どうだろうなあ」
「自分たちが事務局として仕切っていないっていうのもあるしね」
「そうだよなあ」
「それと、自分で言うのもなんだけど、実力不足じゃん、私たちって」
「まあな。今まで、あんまし頭使ってこなかったからなあ・・・」
「そうだよね。知見が足りてないよね」
「ああ、知見も経験も足りてないなあ」
「まあ、でも、やれるだけやるしかないよね」
「そうだな・・・」
私たちに何ができるか分かりませんでしたが、一応やる気にはなっていました。ただ、事業戦略やマーケティングに関する知見や経験が圧倒的に不足していました。後になってようやくそれらの勉強をするようになるのですが、それまでは日々の営業活動が忙しい事を免罪符にして、将来をしっかり体系的に考える事なく過ごしていたのです。
ビールと美味しいものとで丸っこくなりながら、基本的にケラケラ笑って明るく生きていくのが日常のスタンスだったので、事業の将来を考えるバックボーンがない状態に変わりはありませんでしたが、ひとしきりビールも頂き、根拠もないままながら、少々やる気を出したので、先ほどの気まずい沈黙は忘れたかのように、枝豆を押す勢いも取り戻しました。
ま、それはそれで良かったのですが、そんなんで、また安心してしまって大丈夫なのでしょうかねえ?
試練は続いていく???
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