連載小説 第112回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。米国現地法人のSS-Systemsを経て、今はミュンヘンにあるヨーロッパ現地法人のEdison Europe Electronics GmbHに勤務しています。世界中で携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ液晶表示体と水晶製品のビジネスも統合され、更に大忙しです。そんな中、私にもとうとう子どもが授かって・・・。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第112話 シャブリと納期回答

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の17年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売しています。アメリカの現地法人SS-Systemsを経て、ヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。結婚7年目ですけど、うふっ。そこへ同期のトム君も赴任してきて、Edison Europe Electronics GmbHとしてスタート。トム君は海ちゃんとご結婚となり、ますます張り切っているようです。私はと言えば、よわい38歳にして、とうとう妊娠しちゃったんです。うふっ。

 

その当時、我らがサイコーエジソン株式会社は殆ど全ての携帯電話メーカーとお付き合いがあったのですが、フランスでは、カンペールにあったM社と、ルマンのP社と、レンヌの日系M社が重要なお客様でした。

トム君は6月にそのうちの2社を訪問したのですが、カンペール(Quimper)のM社でいきなり怒られたそうです。

「ようこそ、カンペールへ」

「お会いできて嬉しいです、M社の皆さん」

「ところでサイコーエジソンの皆さん、あなた方は我々を困らせようとしているのでしょうか?」

「は?」

液晶モジュールの納期回答をちっともくれないじゃありませんか」

「あ、はあ」

「一体、どうなっとるのっすか?」

「はあ」

「はあじゃありません。このままでは、我々はしにます」

「え、しんじゃう?」

「しんじゃいます」

というような事をフランス人と日本人が英語でやり合ったそうです。

その頃の業界は、猫も杓子も携帯電話というような状態で、先行していたN社だけでなく、殆どの電機メーカーが携帯電話事業に参入していました。M社もその例に漏れず、参入したのはいいけれど、少々遅かったため、製造するための部品手配が間に合っていなかったという状態でした。

我々の液晶事業部の営業は引き合いがあれば殆ど断らずに対応していたため、受注はしていたものの、製造枠がしっかり取れていないため、いつ製品を納入できるかが分からない状態でした。

全く酷い話です。M社にしてみれば、我々を信用して、我々の仕様に合わせて設計し、発注してくれているのですが、我々の製造工場の方は、「注文が多すぎて、さばききれないから、まあ、できる順番で作るだけだよ」 みたいな状態だったのでした。

製造能力には限りがあります。作れないなら安易に注文を受けるべきではない、とも考えられますが、この辺が電子部品産業の難しいところで、世界規模で需要過多の状態になってしまうと、どうにもならないのです。

トム君はいきなり怒られて焦ったそうですが、ともかくその場で日本の液晶表示体営業部へ電話してどうにかしてくれと頼み込みました。フランスの午前中はまだ日本では夕方なので、電話ができたのでした。

その努力は少々評価されたそうですが、電話先の液晶営業課長Fさんからは「分かりました。何とか調整してみるので、暫く待って欲しい」との回答で、問題は解決しない状態のままだったそうです。

よくある事なのですが、日本の営業部は現場の要求をとりあえずは聞き入れたふうにしてその場をやり過ごし、その後、製造工場と調整をしてようやく納期回答をもらうのですが、その納期は守られず、更に怒られる事になるというような事態が頻繁におこっていました。でも、顧客と工場の間に立つ営業はそうせざるを得なく、製造現場は精一杯やってもそうなってしまうのです。

特に、第一プライオリティの客先でないと、工場での優先順位は下がり、製造が後回しになってしまって、納期遅れが頻繁に起こるのです。M社は残念ながら優先順位が高い方の顧客ではなかったので、わざわざフランスの地方都市まで乗り込んだトム君は、待ってましたとばかり、いきなり詰め寄られて苦境に立たされたという訳でした。

午前中の打合せの間には日本からの納期回答が出ないまま正午がすぎ、なかなか帰してくれない状態が続きましたが、それでも、ランチだけは提供してくれるという事で、社内で使っている食堂へ連れて行ってくれたそうです。

ここからは、出張からミュンヘンへ帰ってきたトム君との会話です。

「いやあ、まいったよ。全然、納期回答が出ないもんだから、先方も怒っちゃってさあ、そのままランチタイムになっちゃったんだよ」

「へえ、大変だったね」

「飛んで火に入る夏の虫だよ」

「だけど、そうなる事は分かっていて訪問したんでしょ?」

「あ、ああ・・・」

「何よ」

「ちょっと、状況確認不足だったなあ。そこまでの問題が起こってるって、よく知らないまま、訪問しちゃってさ」

「ええ?何それ。トム君、あなた副社長でしょ。ちゃんとしなさいよ」

「そうなんだよな。ちょっと油断しちゃって」

「慣れてない液晶の仕事だって、ちゃんとやらなきゃダメよ」

「ああ」

「それで?」

「それがさあ、ランチになったらM社の人たち、人が変わったように穏やかでニコニコしててさあ」

「どうして?」

「ま、いくら怒ってても食事の時間は仕事とは別だから、切り替えてランチを楽しむって事じゃないか」

「日本人にはなかなかできそうにない事ね」

「ああ」

「で、どうしたのよ?」

「それがさあ、流石おフランスだよな、シャブリがめちゃくちゃ美味いんだよ」

「シャブリ?」

「白ワインだよ」

「白ワイン?」

「そう、白ワインのシャブリっていったらフランスの名産だよ」

「納期回答貰えてないのに、白ワインが美味しかったっての?」

「ああ」

「仕事中にワイン飲んでんの?」

「まあ、1~2杯だけ・・・」

「何しに行ってんのよ」

「おフランスのワインを頂きに(笑)」

「あきれた。ワイン旅行だったって」

「いや、まあ、結果的にシャブリが出てきて美味しかったってだけなんだけどさ」

「ふうん」

「でも、ホントに美味しかったんだよ」

「はいはい、分かりました」

という訳で、この出張は納期問題を棚に上げて、「M社ではシャブリがめちゃくちゃ美味しかった」という話に変わってしまったのでした。でも、流石、おフランスですね(笑)

M社さん、ごめんなさい。

この話は、後日談に続きます。

 

 

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