連載小説 第113回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。米国現地法人のSS-Systemsを経て、今はミュンヘンにあるヨーロッパ現地法人のEdison Europe Electronics GmbHに勤務しています。世界中で携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ液晶表示体と水晶製品のビジネスも統合され、更に大忙しです。そんな中、私にもとうとう子どもが授かって・・・。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

第113話 シャブリと切迫早産の連鎖? 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の17年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売しています。アメリカの現地法人SS-Systemsを経て、ヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。結婚7年目ですけど、うふっ。そこへ同期のトム君も赴任してきて、Edison Europe Electronics GmbHとしてスタート。トム君は海ちゃんとご結婚となり、ますます張り切っているようです。私はと言えば、よわい38歳にして、とうとう妊娠しちゃったんです。うふっ。で、なんと、海ちゃんもご懐妊です。

 

トム君最愛の海ちゃんと私は、ほぼ同時期にオメダタとなり、順調に妊娠生活は過ぎて行ったのですが、8月になって海ちゃんは3週間も入院する事になってしまいました。切迫早産です。

切迫早産というと、まるで予定日よりも随分早く産まれてしまったかのようですが、そういう事ではなく、このままほっといたら早産しちゃうかも知れないので、それをコントロールするための治療をするという意味です。

予定日より2ヶ月近くも前なので、そのままだと未熟な状態の赤ちゃんが産まれる事になってしまい、何かとよろしくありません。そこで、子宮収縮を抑える薬を投与する等して、とにかく落ち着かせるという治療をします。

海ちゃんは、たまたまトム君が日本へ出張に出かけたまさにその日に切迫早産で入院となってしまい、かなり焦ったようです。一週間ほどの出張に出たトム君の不在で不安な気持ちにもなった事が影響してしまったかも知れません。

日本にいたとしても病気や入院は大変な事ですが、海外赴任者にとって、異国の地での病気や入院は、どのように対処していいか分からず、不安でいっぱいになります。海ちゃんはミュンヘン大学の中にあるドイツ語学校へ通っていて、ある程度ドイツ語を話すことができるようになっていたため、何も喋れない人よりは良かったようです。

病院に勤務している人たちのうち、医師は大抵英語を話す事ができるのですが、看護師は殆どドイツ語しか話しません。英語ができる看護師はあまりいませんでした。入院中、海ちゃんのドイツ語力は初級程度ながら大変役立ったそうです。

それにしても、トム君が日本出張の日に入院とは大変でした。日本に着いたトム君は、いきなり海ちゃんが入院したと聞いて、かなり慌てたそうです。それはそうですよね。遠い異国の地に残してきた最愛の妻、しかもシュバンガー(妊娠中)の妻が、予定日よりも2ヶ月も前に産気づいちゃいそうで入院したなどと聞いたら、それは焦るに違いありません。

さて、トム君の日本出張の目的はいくつかあったのですが、その一つはフランスの携帯電話メーカーの日本訪問にアテンドする事でした。前回お話したM社です。シャブリがめちゃくちゃ美味しかったM社です(笑)

M社でシャブリをご馳走になった日に、トム君は結局日本から納期回答を貰えないまま、時間切れとなってM社をあとにする事になったそうです。M社に対してはその翌日、納期回答をしましたが、M社の皆さんは大変心配になったでしょう。主要部品の液晶モジュールが入手できなければ、携帯電話を作る事ができないからです。まあ、部品一つたりとも揃っていなければ完成品は作れないのですが、液晶モジュールは簡単には換えがきない部品で、納期も長いため、特に注意を払う必要がありました。

そのような背景から、M社の皆さんはサイコーエジソン株式会社の液晶事業部を訪問し、安定的に調達できるよう状況を作ろうと考えたようでした。この頃はM社に限らず、多くの携帯電話メーカーも同じ理由で訪問してくるという状況が続いていました。

EEEGからはトム君が同行しました。シャブリが美味しかったでは終わらず、M社に満足して頂けるようなフォローが必要となったため、トム君が日本出張する事になり、同日の海ちゃんの切迫早産からの入院へ繋がっていったという訳です。

シャブリが美味しかったとかトム君がおふざけ気味だったバチが当たったという訳ではないのでしょうが、どこかで因果が連鎖していたのかも知れません。

海ちゃんの入院は3週間に及び、日本出張から帰ってきたトム君はそれからの2週間というもの、仕事が終わればすぐに海ちゃんをお見舞いに行くという日々を送っていました。海ちゃんが入院したのは、「Rechts der Isar」 という病院で、イザール川の右側という意味のとおりの場所にありました。

ドイツの都市はいずれも水の確保ができる川沿いに発展してきました。イザール川はミュンヘンの生命線となっていた川であり、街の東を南から北へ流れていって、ドナウ川に合流します。

幸いな事に海ちゃんの切迫早産は収まり、退院する事ができました。退院する頃には予定日の一ヶ月前にまでなっており、その後は早く産まれたとしてもそれ程リスクは大きくないので、安心して良かったという事です。

私のおなかもその頃には随分大きくなっていて、いつ出産になってもいいように準備していました。お仕事の方はローカルの皆さんを中心にお任せできるところはお任せし、どうしても日本人のヘルプが必要なところは、赴任者の皆さんに協力をお願いして、産休に入らせてもらいました。夫の倫ちゃんは相変わらずソミーミュンヘンの責任者として忙しく仕事をしていましたが、予定日の近くはできるだけ出張などしないように調整してくれていました。

さあ、あとは私も海ちゃんも元気な子どもを産むだけです。

 

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