特許の失敗学[1] 特許と論文


特許と論文
技術者や研究者にとって、特許と論文とは情報収集の手段であり、成果のアウトプットとして重要でもあります。これらの共通点はありますが、実務では大きな違いがあります。ネット上には「特許と論文の違い」で検索すれば、多数の記事を読むことができます。それら記事を参考にしつつ、Araha が考える特許と論文との違いをまとめました。

特許と論文の違い

特許論文
分類行政手続書著作物
公開審査方式審査査読審査
代筆弁理士不可
実験捏造可能再現性 必要
目的・成果産業の発達知識のシェア

分類
「特許」は、行政行為における準法律行為的行政行為の「確認」に分類されるそうです。行政に使用されるので法律により規定される文書です。
 行政法講義ノート第09回
 http://kraft.cside3.jp/verwaltungsrecht09-6.html
「特許」の文書は行政の手続書であって著作権としての保護がありません。特許出願書及び審査経過の書類は、全世界に公開されコピーの制限もありません。「論文」は著作物として保護されます。かつて先発明主義であった米国特許制度は、最初の発明者に権利が与えられたので、著作権と似ている制度でした。しかし、サブマリン特許のリスクに産業界が耐えられず、米国特許制度は世界標準の先願主義に変更されました。
先願主義の「特許」には真の発明者でない者が特許権を得てしまうという「冒認出願」という厄介な問題がありますが、「論文」の場合は最初に真理を発見・解明した者に著作権が与えられるはず(そうあって欲しい)です。

公開審査
特許出願は、方式審査の要件をクリアすれば、出願を取下げしない限り公開公報として公開されます。方式審査の要件を満たすことは容易です。「論文」は、厳しい査読審査を通らない限り、有名な雑誌での公開はありません。「論文」は有名雑誌に掲載されれば、目的を達成したとも言えます。

代筆
「特許」は弁理士もしくは専門家に代書を依頼するのが通常です。特許実務の経験の無い発明者が特許明細書を自筆する失敗については、別の投稿とします。かたや「論文」の代書は基本的にありえません。「お金を払って卒論を代筆してもらうのは罪になる?」という疑問に対して、「刑法233条の偽計業務妨害に当たり、3年以下の懲役、又は50万円以下の罰金で処罰される」という弁護士の見解がありました。

実験
「特許」明細書に記載する実験データの正確性・再現性は特許査定の要件ではありません。審査官に疑念を持たれない実験データであれば十分です。むしろノウハウを秘匿する目的のため、あえて加工(一種の捏造)したほうが良いケースもあります。かたや「論文」の実験データは、加工することは非難され、実験データの再現性も要求されます。これは、STAP細胞の騒動で報道されたとおりです。

目的・成果
「特許」は、特許査定を受けて特許登録することは通過点に過ぎず、出願人がなんらかの利益を得て成功と言えます。特許存続期間の満了後には誰でも自由に発明を実施できることで産業の発達を促すことが目的です。「論文」は知識のシェアを通じて社会に貢献することを目的で、○○賞とかはオマケですよね。

ディスクレーマー
「特許の実験データの捏造可能」の出典は、
 特許のデータはねつ造だらけ? 不正論文どころじゃない
 https://rikeijin.com/post-138/
特許と論文との違いを明確にするために、あえて「捏造可能」としましたが、捏造を推奨している訳ではないことをご理解ください。

Afterword

「論文」は特許の先発明と同じで、最初に研究を完成させた者に優先権があるものと考えていました。ところが、こんな記事がありました。

科学論文を書くにあたって
http://www.fml.t.u-tokyo.ac.jp/~izumi/sotsuron/refHP/sciencepaper.htm
プライオリティー
 一つの新しい実験結果や理論的成果が 2 カ所でほとんど同時に発表されると,どちらが先であったかが問題となることがある.この場合のプライオリティーは原則として論文の受付年月日(編集部の受付通知によって著者に知らされる)によって定まる.

これの裏付けを探したのですが、見つけられませんでした。
実は「論文」も特許の先願主義と同じく、最初に発表した者にプライオリティが与えられる?たとえ他者の研究成果を盗んだとしても、その盗用が証明されなければプライオリティが与えられるのでしょうか。そうだとしたら、「論文」の世界は「特許」よりも厳しいことになります。特許は、未完成の発明でも継続的に出願して優先日を確保しつつ、公開・審査に値する出願のみを残して、不要な出願を取下げ(非公開)にできます。これは、特許出願から特許公開までに、1年6ヶ月の期間があるために可能となります。かたや「論文」の雑誌投稿では特許出願のような戦術はとれないと思われます。
大学の研究室は、学生も出入りしているのに、秘密管理できているのでしょうか。そう思うArahaは、旧世界の住人でした。
新潟大学の研究室における秘密情報の管理に関する規程
https://www1.g-reiki.net/niigata-u/reiki_honbun/w944RG00000806.html
現代の学生さんは、秘密保持契約に署名するんですね。