特許の失敗学[2] 自筆明細書


「当社の知財状況は、以上のとおりでございます。」
「ところで、出願費用が結構あるけどなんとかならんのかね。」
「はい、知財部門でも明細書作成しておりますが、特許出願のうち~%は社外の特許事務所に委託しております。」
「そこは、キャッシュアウトを減らすことを考えんと。」
「技術者たるもの特許くらい自分で書かないとね。私の若いころは自分で特許を書いていたよ。」
「は、技術者の教育目的も含めて発明者の自筆明細書を検討いたします。」
というような会議結果がトップダウンで降りてくると、技術者が特許明細書を書く計画となります。この計画は失敗に終わる可能性が高いです。

確かに、古い時代の特許明細書は簡単なものであり、技術者の作成も可能でしたが、現在の特許明細書は高度な専門性が要求されます。現状の特許制度において、特許の実務経験の無い発明者が作成した明細書で特許出願するのは、弁護士なしで裁判に臨むのと似たものがあります。特許査定は途中経過に過ぎません。自社技術の保護、クロスライセンス、ライセンス収入などの利益に結びつけることが特許出願の経済的な目的です。特許には注意点(落とし穴)が多数あり、出願明細書で失敗すると取返しがつきません。

特許明細書の要件
出願書類(願書、特許請求の範囲、明細書、図面、要約書)作成には、思いつくだけでも以下の検討が必要でしょう。

  • 先行技術の検索、調査
  • 先行技術と発明の差異の検討(自社出願と同一でないこと)
  • 発明の回避手段が在るかの検討
  • ノウハウとして保護する選択肢の検討
  • 特許出願の記載様式に則った明細書作成(方式審査)
  • 外国出願の検討(外国特許制度の理解)
  • 特許審査に耐えうるクレーム、明細書(拒絶対応)
  • 登録特許クレームが自社技術を保護できるか検討
  • 登録特許クレームが他社侵害を排除できるか検討
  • 特許ファミリーの戦略検討
  • 出願書類の記載に誤記がないチェック
  • 最終的に特許訴訟で勝てる(瑕疵のない)出願書類である検討

特許実務の経験が無い技術者がこれらの検討を行うことは非常に困難です。過去の特許公報を読んで形をまねるだけでは十分ではありません。なぜなら、特許の実務は進化しているからです。Araha は自筆明細書のコンサルタントを依頼している弁理士に、「先生の特許公報を参考にしています」と伝えました。ところが「1年前に公開された特許公報の記載は、もう古い」だそうです。特許の実務はアップデートしないと時代遅れになります。

自筆明細補のコスト
昔、飛行機で隣席の人に「エンジニアのコストは1年2000万円だから~」という話をされました。そんなに給料もらってないよ~と思って訊いたところ、会社は、退職金積立、社会保障、保険、設備費、備品費用など負担しているからでした。更に、エンジニアは設計環境とか実験費用とかコストが必要です。年間200日働くとして、1日あたりコスト10万円のフェルミ推定ができます。特許事務所の明細書作成は35万円程なので、自筆明細書は完成までに3日の工数で作成しないと「コスト優位」となりません。実務経験の無い発明者が上記の明細書要件を満たすことは、まず不可能です。発明者の自筆明細書は知財部員または弁理士による修正(書き直し)が必要となります。
ひと昔前であれば、残業代で特許明細書を作成するという選択もありましたが「働き方改革」以降は残業の時間も使えないでしょう。
品質が良くない出願明細書は、有効な権利化が図れないのみならず、出願公開されると自社の出願の先行文献として拒絶理由の引例となる問題すらあります。かくして、発明者の自筆明細書の計画は失敗に終わることになります。

Afterword

Araha の時給はゼロなので、基本的に明細書作成のコストは弁理士のコンサルタント代金だけです。特許庁のサービスが無料で利用できるので、自前のパソコン環境以外の費用も掛かりません。特許庁のサービスについては別の記事としますが、興味のある方は特許庁のHPをご覧ください。