特許の失敗学[5] 特許は法律文書

特許の失敗学
特許は法律文書
特許は法律文書です。「特許の失敗学[1] 特許と論文」では著作権について違いを考えました。今回は特許文書と技術文書との法律的な違いです。特許文書を技術文書と同じつもりで作成すると失敗(残念な結果)となります。「特許は法律の世界」を意識したのは知財部門に異動した後のことで、設計者時代には特許の理解が浅く、チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られそうなArahaでした。

特許はゼロ禁止

ある弁理士先生が、Araha が発明提案書に書いたCPUのアドレス番地を+1する修正をした明細書を作成しました。何でそんなヘンテコな修正をするのか尋ねたところ、「特許ではゼロは使えないんです」という回答でした。アドレスにゼロ番地が無いCPUを想像してみてください。この時、ゼロ禁止の理由を訊かなかったことを後悔してます。ゼロ番地を記載した特許明細書を出願したら、現在の実務で特許審査がどのような結果となるのでしょうか。とはいえ、特許のゼロ禁止を確認するため、特許出願するほど暇でもありません。
法律の世界は自然数が標準で、法律も0条とか小数とかは使用しません。特許は法律文書なのでゼロが使えないという理由かもしれません。住所に「1番地」が無いケースの理由として「境界が確定してない地域で将来1番地を付けることを可能とする」という解説がありました。その場合に「0番地」とか「マイナス1番地」とか付けることはしないということです。ちなみに「0番地」はフィクションの世界にはあります。「特許の失敗学」を[0]から始めたのは、このネタを書くための前ふりです。

特許請求の範囲(クレーム)

特許法 第七十条 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

『patent』は『公開する』という意味をもつラテン語の『patentes』が語源だそうです。新規技術を公開した者に独占権を与えることが本来の意味のはずです。しかしながら、特許の実務では特許請求の範囲(以後、”クレーム”と表記)により権利範囲が決定されます。これは特許法に明記され、世界共通のルールです。特許が効力を発生するためには次の(A) AND (B) の条件を満たす必要があります。
(A)新規技術を最初に公開
(B)瑕疵の無いクレームで権利化
(A)の要件は技術文書と同じですですが、(B)は法律的な要件です。たとえ明細書に新規技術が明記されていても、クレームに記載がなければ権利侵害とはなりません。当業者(発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば、明細書に記載の発明をパクったことが明白であっても、クレームの記載が製品に該当しなければ特許侵害を主張できません。更には、特許文書や特許手続きに瑕疵(失敗)がある場合も特許裁判に負けて特許権が消滅します。特許発明を侵害(警告を受領)している企業の知財部は全力で問題の特許の瑕疵や非侵害理由を探します。特許明細書から始まる(B)の要件は特許実務の経験の無い技術者のみでの対応は不可能と言えます。

Afterword

暗記は「詰め込み教育」との批判がありますが、暗記の効用を評価する人もいます。Araha の高校では暗記を課す教師が多く、日本国憲法の前文、祇園精舎、などの暗記を求められました。ムツゴロウこと畑正憲さんが、ポーの「黒猫」を暗記して東大に合格したと知ってトライしましたが途中で挫折しました。それでも、For the most wild, yet most homely narrative which I am about to pen, I neither expect nor solicit belief. の冒頭部分は今でも記憶しており、キーボードの試し打ちに利用しています。前文や祇園精舎も冒頭部分の記憶のみですが、全体の要旨も覚えており暗記の効用は理解できます。
日本国憲法の前文は憲法の第0条と考えます。もし、あなたが日本国民で、今まで一度も誓ったことがないと言えば、あなたは日本国憲法の前文を読んでいないことになります。法律は例え知らないとしても順守しなければなりません。あなたが何を誓ったのか分からなければ、日本国憲法の前文を一読することをお勧めします。