特許の失敗学[6] クレーム(その1) Simple is best

特許の失敗学
Simple is best
テレビ番組に特許ネタが出てくると、知財業界人は思わずコメントをしたくなります。近年で最も有名なのは『下町ロケット』でしょう。実際の特許訴訟を扱ったNHKドキュメンタリー『逆転人生』にも多くのコメントがあります。
逆転人生「最強アップルVS.貧乏発明家」
この「クリックホイール特許」の話は『逆転人生』のタイトルとおりに感動的な実話です。しかし失敗学の観点では、失敗の状況をNever give upで成功達成した「はやぶさ」と似た実例であり、失敗の実施を繰り返してはなりません。

「はやぶさ2」は「はやぶさ」の失敗を学び成功目前です。それどころか「はやぶさ2」は地球にカプセル投下後に10年分の燃料を残して、次のミッションへ旅立つ予定だそうです。特許実務も「はやぶさ2」を目指さねばなりません。
「クリックホイール特許」の訴訟経緯には学ぶべきことが多数あります。その最大の失敗は、外国出願(特にUS特許出願)をしなかったことでしょう。外国出願の重要性については後の投稿で取り上げます。

Arahaが『逆転人生』で最もツッコミを入れたかったのは、「クリックホイール特許」のクレームを紹介する場面でした。Apple社の反論によって無効となった特許を訂正審判で復活させた特許クレームを読んで、番組MCがクレーム文言の難解さに驚く(感心する)演出がありました。

Simple is best
Steve Jobsの名言です。
Simple can be harder than complex. You have to work hard to get your thinking clean to make it simple. But it’s worth it in the end because once you get there, you can move mountains.

昔の優秀な官僚は難解でかつ正確な文書を書くと言われましたが、当節は難解な文書は批判を浴びるでしょう。特許もシンプルなクレームがベストと考えます。なぜならば、シンプルなクレームは権利範囲が広く、侵害立証も容易だからです。特許審査官はシンプルなクレームを見ると、何とかしてシンプルなクレームでは特許査定しないという職業意識が働くようです。

感動したクレーム(特許請求の範囲)
特公昭53-29260号は優れた発明です。発明がシンプルで、製品の市場規模が大きく(特許価値大)、そしてクレームがシンプルです。

請求項1 カード本体の偏心された位置に内蔵された照合情報発生可能な半導体装置と、
この半導体装置が接続される端子とを具備することを特徴とする照合カード装置。

特公昭53-29260号発明の解説は「Security Akademeia」というサイトにて、
Top》コンピュータ講座》ICカード に記載の「ICチップの位置」をご参照ください。この特許は1972/08/25の特許出願ですが、現在のArahaが1972年の発明者にアドバイスできたとしたら、次のようなクレームを提案します。

請求項1 カード本体の偏心された位置に内蔵された半導体装置を有することを特徴とするICカード装置

・「照合情報発生可能な」の請求項1の限定は不要と考えます。
・「この半導体装置が接続される端子」の限定も不要です。
「半導体装置」をカード本体の中心から離れた位置に配置することが発明の本質であり、無線通信するICカードであれば「端子」も不要です。削除した構成要素は従属クレームに記載します。特許は同じ発明内容を異なる記載のクレームにて追加できます。難解もしくは技術的に正確なクレームが必要であれば、別の独立クレームを追加すればよいです。提案のクレームで権利化できれば、侵害発見は容易で、特許回避もコスト的に不可能でしょう。個人発明家が目指すべき特許は、この特公昭53-29260号のような発明です。

Afterword

『あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ』
 ~機動戦士ガンダム第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」
演出とはいえテレビ局の偉い人は、「特許は高度なもの、クレームは難解なもの」と考えているのでしょうか。クレームの難解さ自体には価値は無く、必要以上の修辞は「飾り」に過ぎないと考えます。