特許の失敗学[22] 特許のジレンマ

特許の失敗学
 「もしドラ」が流行った頃、知財部門の有志による『MOT(技術経営)』の勉強会に参加しました。MOTの教科書代も会社補助があり、会社教育のなかで最も興味深いものでした。前回のイノベーションの収益化の補足となります。

◆ マーケティング部門の不在

 日本ではマーケティング・マネジメントの重要性は認識されながら、なぜかマーケティングを組織的に行うことは一般的ではありません。

 日本企業が組織図に独立したマーケティング部門を設けることは稀です。2014年の調査結果ですが、日本企業にはCMO (Chief Marketing Officer) がほとんど不在ということでした。有名どころの米国企業は、組織図にマーケティング部門があります。しかし、日本企業では「セールス&マーケティング」という部門名がある程度です。何社か企業概要を探してみて、組織図にマーケティング部門を見つけたのが楽天でした。

(出典)変革のカギを握る「コラボレーション主導型CMO」とは
 |売れる営業|日経BizGate
 https://bizgate.nikkei.co.jp/series/DF111020184424/

日本のマーケティング 進化を妨げるのは何か|日経BizGate

そもそも日本企業はCMOをあまり任命していないという現状があります。少し古い調査ですが、2014年に経済産業省が発行した資料によると、CMOを任命している企業の割合は、米国が62%(フォーチュン500社ベース)なのに対して、日本は0.3%(時価総額上位300社ベース)であり、大手日本企業でさえCMOがほとんどいないということがわかります。

 私がいた会社でも、マーケティング部門はありませんでした。マーケティングの実施は、セールス部門、事業部門、そして下位組織の設計部門にまで求められていました。「MOTの勉強会」を企画者も、知財部門ならではのマーケティングを実施しようという趣旨のようでした。

 「MOT」の勉強会で学んだことは、「○○分析とかのマーケティング手法を形だけマネしてもダメですよ」ということでした。マーケティングは専門性が必要であり、他の部門の社員が片手間に実施するのは実効性が無いと感じました。

◆ 知財立国のジレンマ

 「MOT」の勉強会で興味を持って、『知財立国のジレンマ』というテーマの研究発表会を聴きに行きました。この発表内容は、下記のPDFとして公開されています。

●知財立国のジレンマ – 東京大学政策ビジョン研究センター
 2010 年 3 月 東京大学知的資産経営・総括寄付講座 小川紘一
 https://pari.ifi.u-tokyo.ac.jp/unit/iam/outcomes/pdf/papers_100315ogawa.pdf

Page 6/38 図3をご覧ください。

 図3 グローバル市場で大量普及のステージになると我が国のエレクトロニクス製品が市場撤退への道を歩む
―イノベーションの成果としての知財力が競争力に寄与していない―

 日本企業が製品の市場シェアを失っていった歴史が示されています。ここには市場シェアを保持している製品(例えば自動車)が図示されてません。トヨタ自動車が世界の時価総額TOP100に踏みとどまっている所以でしょう。

 「知財立国のジレンマ」を引用する論文がありました。

 研究ノート – J-Stage www.jstage.jst.go.jp
 グローバル時代の知的財産戦略 佐藤 一弘
 Strategy of Intellectual Property for Global Competition
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/kaihatsukogaku/31/1/31_67/_pdf

 日本企業はイノベーションの成果として必須特許を抑えていながら、国際競争力を維持できなかったという論旨ですが…本当でしょうか。

 MOTで失敗すると、特許だけでは市場シェアを維持できないという事もあるかもしれません。しかし、真に必須特許を抑えていたなら、少なくとも特許権の存続期間は独占的な実施が可能ななはずです。そもそも、外国出願で必須特許を取得してなかったのではと思うのであります。これが個人発明家もPCT出願をすべきではないかと考えた理由です。

◆ Afterword

 『乗る人がいなくて赤字になるなら、乗る客を作り出せばよい。それには沿線に人の集まる場所を作ればいいのだ。』 小林一三
 出典:小林一三の名言・格言一覧 | IQ.
 https://www.a-inquiry.com/kobayashiitizou/

 MOTの教科書にもあったドラッカーの『顧客の創造』を見たときは、すなおに受け取れへんかった。「鋼の錬金術師」の「人体錬成」のようなイメージがよぎり、顧客は造るものなん?ちゅう疑問が湧いた。当時は疑問をGoogleさんに訊いてみようちゅう事ものうて、この記事のため検索すると山のように解説があるんや。

 わかったことは「顧客」の定義を理解してへんかったこと、ほんで英語では「create a customer」であることやった。こんな短い言葉でも翻訳により意味が変わってまう。ドラッカーは「customers」やなしに「a customer」て言い続けとったそうな。日本語に翻訳がややこしいこの違いはおっきなものがあるんや。
 
 例えばウォークマンの場合に「a customer」は盛田昭夫であるように、ある一人の心をつかむことで、多数の「customers」の市場に繋がるのやろう。「顧客」の定義は、継続的に商品・サービスを購入してくれる客や。

 MOTの勉強会では、小林一三のイノベーションが「顧客の創造」であると説明された。ドラッカーがマネジメントを説く遥か以前に、小林一三は「顧客の創造」を実践しとったちゅうことです。


【追記】 2020/08/15

『マーケティング部門の不在』で検索したら…
正に「車輪の再発明」を実感します。本稿と同じ要旨の記事が無いことを祈るばかりです。

マーケティングのキーワード解説記事 製造業、マーケティングの不在と偏重した「ものづくり」 – ものづくりドットコム
 https://www.monodukuri.com/gihou/article/128

「社長、まずはマーケティング部をなくしましょう」小霜氏による提言の真意とは【お薦めの書籍】:MarkeZine(マーケジン)
 https://markezine.jp/article/detail/32670