<これまでのあらすじ>
サイコーエジソン株式会社9年目のIC営業部海外営業課の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。わけあって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを海外に売っているんですよ。でも、もう大台に乗ってしまいました。私の人生どうなっていくの?
第30話 母親のパワーオブラブ
私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、文系ですが技術製品(半導体)を販売するIC営業部の4ビットAI内蔵営業レディです。私は同期の富夢まりお(トムマリオ)君とともにアメリカ市場を担当しています。なお、トム君は名前の割に純ジャパです(笑)。職場には後輩も沢山入ってきて楽しいのですが、私は独身のまま、大台に乗ってしまいました。オーマイガーなのです。
1988年も暮れようとしていました。
仕事納めの夜は大抵若者たちでその年何回目かの忘年会に行くのですが、その日はどうしても早く帰ってこいという母親の指令で東京の実家へ里帰りする事になりました。里帰りという言葉の響きは、東京で仕事をしている若者が年末年始に生まれ故郷の地方へ帰るという感じですが、私の場合はその逆です。なので、特急あずさ号の指定席も簡単に取れて、年末年始の移動はそれ程大変ではありませんでした。
大好きな忘年会を欠席する事になってしまいましたが、まあ、職場の公式忘年会も既に終わっているし、あれこれ理由を付けての〇〇忘年会や△△忘年会やらが何回かあった後の、もういっか、でもやっぱ集まる?的な忘年会だったので、まあ今年はパスでもいいかなという感じでした。
さて、母親は何を理由にさっさと帰ってこいと言っているのであろうと思案しました。何か家族として相談しなくてはならない事があるのだろうか? 或いは家族に何か重要な転機が訪れているのだろうか? それとも・・・まさかねえ(笑)、私にお見合いしろとかっていう話の訳はないし・・・、でも、ホントにお見合いでしかもイケメンのステキ男子だったらどうする(うふ)?・・・などと、憶測と妄想をしながらウトウトしつつ、気がついたら新宿~新宿~というアナウンスが流れていました。
「ただいま~」
「ああ、舞衣子、待ってたわよ。良かった、今日のうちに帰ってきてくれて」
「え、なんなの、お母さん、そんなにせかして」
「それがね、相手の方が明日までしかいないんだって」
「え?」
「だから、明後日の便でアメリカへ戻っちゃうらしいのよ」
「相手の人って?」
「だから、会うの、会わないの?」
「ちょっと待ってよ。ちゃんと順序立てて説明してよ」
「あら・・・そうね、落ち着いて言うわね。ご子息が仕事してて、アメリカで、すぐ戻るのね、だから、会いたいの会いたくないの?」
「ちょっと、お母さん、また話が飛んでるし、順序だっていないから」
「あら、そうなの?」
「そうだよ。大体普通みんな仕事してるし」
「でも、分かったでしょ」
「うん、分かったよ。っていうか推測ついた」
「推測つけばいいのよ。だから、会うの?」
「ちょっと待ってよ。やっぱ、最初から順序立てて話してよ」
「だから、会うのか会わないのか今夜10時までに返事しなくちゃイケないの」
という調子で、いつもにも増して母の言葉がうわずっていました。母親の愛の力はすさまじいですねえ。
で、これは、まあ、それ程かしこまった話ではなく、普通に、軽く会ってみますか? 的な話だったようなのですが、当時はそれもお見合いという範疇で語られる出会いの機会でした。
今は「お見合い」という言葉も殆ど聞かなくなりました。お見合いという言い方が時代遅れになり、会員方式の有料紹介業者がひとしきり流行した後、マッチングアプリなるものが隆盛を極めるようになってからは、男女の出会いの方法も随分と変化してきました。
「ねえ、お母さん、その人いくつ?」
「いくつと言われてもねえ」
「え、知らないの?」
「でも大体分かるわよ。多分あなたとそれ程離れていない」
「なんで分かるの?」
「だって、同級生の息子さんだもん」
「誰よ同級生って」
「今はヒミツ、ふふ」
「何よもったいぶって。じゃあ、写真は?」
「ない」
「ええ? 仕事って会社はどこなの?」
「知らない」
「何よ、全然情報ないじゃない」
「忙しくてそれ以上は話ができなかったのよ」
「それじゃ、会うも会わないもないよ」
「良い話だと思ったんだけど・・・」
「だって、分かってる事ってアメリカだけじゃん」
「まあね」
「いいよ、どっちにしろ、そういうのは興味ないから」
私は、どうもお見合い制度には自分は不向きだと思っていました。だって、ねえ、自分で言うのもなんなんですけど、可愛くて基本モテモテな私なんだから、お見合いなんかしなくても・・・うふ。
・・・とは、思っていたものの、最近は、若くてピチピチギャルもいっぱい入社してるし、私のモテモテ度も少々下降気味だし、なんだかなあ・・・なんて思っていたら、母が突如言いました。
「あ、一つ思い出した。」
「何よ、お母さん、急に」
「アルパチーノとかって言ってたわよ」
「アルパチーノ?」
「そうそう、確かそう言ってた。ゴッドファーザーのアルパチーノと一緒かしら?」
「映画関係の人なの?」
「どうだろう」
「アメリカへ帰るってハリウッドのあるロスアンジェルス?」
「確か、西海岸って言ってたような」
「じゃあ、やっぱハリウッド関係かなあ」
「さあねえ・・・」
「ま、いいや、どこでも。とにかく、私会わないから」
「え、そんな事言わずに会うだけ会ってみたら?」
「どんな人かも全然分からないのに会う訳ないじゃん。そもそも何て人なの?その人の名前は?」
「ヒミツ」
「もう、お母さん、それじゃ会おうにも会えないじゃん」
「そうかなあ」
ってな調子で訳の分からない会話は空中分解的に続いていましたが、そこでまた母が言いました。
「言ってたの青井優子ちゃんが」
「え、青井さんってお母さんのお友達の青井さん?」
「あ、そう。青井優子ちゃんの息子さんなのよ。だから、アメリカへ帰る人も青井さんなの」
「ちょっと、お母さん、何でその事を最初に言わないの?」
「舞衣子が会うって言ったら教えようと思って」
青井優子さんは私も知っている母の同級生です。
「もしかして、私、子どもの頃に会ってない、その人?」
「どうだろう」
「皆で奥多摩へ行った事なかったっけ?」
「あ、そうそう、焼き肉ね」
「っていうか、バーベキューって言った方が合ってると思うけど」
「同じじゃないの?」
「ま、いいよ焼き肉でも」
「そう言えば、河原で魚も焼いたわねえ」
てな調子で、母親は分かっててトボけているのか、本当にオトボケなのか、可笑しな会話を繰り返していたのでした。しかし、この“お見合い話”が、のちのち影響をもたらすようになるとは・・・。
さて、この続きはまた次回。
あ、因みに、アルパチーノは母の聞き間違いでクパチーノだったと後になって知りました。ま、そんな名前知らなければ間違っちゃいますよね(笑)。
でも、クパチーノは知る人ぞ知る、とあるメーカーの重要拠点都市だったのでした。