連載小説 第83回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任中。ビジネス環境にも大きな変化が起こり、インターネット、電子メール、Windows95と新時代を迎えていました。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第83話 電話に4ビット

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の15年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任。運命の人、倫ちゃんと結婚して、仕事も生活も絶好調です。半導体事業も絶好調です。お客様からは様々な要求がきました。

 

「Hi Maiko-san, we need more 4bit MCUs for the telephone accessory company.」

チーバ君が話しかけてきました。

「Chiiba-kun, are you talking about Callers INC. ? 」

「はい、コーラーズ社の件です。舞衣子さん」

こーらーとか言われると、怒られてるみたいね(笑)」

「怒られてるのはボクです」

「え、どうして、チーバ君が怒られるわけ?」

「2月の組織変更で、自分、セールスマネジャーに就任しちゃったじゃないですか。そうしたら、納期調整依頼やら、アロケーション確保の依頼やら、なんでもかんでもセールス担当から上がってくるようになっちゃったんです」

「あ、そういう事ね。楽しいね、チーバ君(笑)

「楽しくないですよ。セールス本来の売り込みの仕事をしたいですよ。この前、コーラーズ担当のREPがあまりにコーラーズ、数量、コーラーズ、数量、って繰り返すんで、ついつい、分かった、数量確保はなんとかするから安心しろ、って答えちゃったんですよ。でも、今月も数量を十分確保できなくって、怒られちゃったんです。」

「そういう事ね」

「助けてください、舞衣子さん」

「事情は分かったよ、チーバ君」

コーラーズ社は、その頃に流行り始めたCaller IDを表示するアクセサリー機器のメーカーでした。電話をかけてきた相手が誰かを表示する仕組みです。今では、どの番号からとか誰からとか表示されるオプションは電話機自体に組み込まれており、当たり前の機能になっていますが、当時はそういうサービスが始まったばかりでした。

それで、手軽に電話機にセットするだけで相手先が分かるようになるというCaller ID装置は急速に売れ始めたため、その機能を実現する我社の4ビットマイコンの数量確保が喫緊の課題となっていたのでした。

「ま、今月も250Kくらいかな」

「なんとか300K確保できませんかねえ、舞衣子さん」

「ま、日本に聞いてみるけど、すぐに約束はできないよ、チーバ君」

250Kというのは250,000の事で25万個の4ビットマイコンのチップを意味します。それを30万個確保したいというのが客先の要求という訳です。

このような商品はタイミングが命みたいなもので、売れる時に売ってしまわないと、商機を逃すという種類の商品ですから、客先も必死です。最初は受給が逼迫しますが、ある時期を超えると受給は逆転し、売れ残り在庫が積まれる事になるというのが常でした。

チーバ君はセールスマネジャーなので、このような話の調整もしなくてはならないのです。

「ねえ、チーバ君、この商品っていつまで売れるの? 大抵、モノが足りない足りないって言って数量確保の要求が続くけど、ある日、パタッと止まるんだよね」

「そうですね。なかなか、そこのところが読み切れないんですよね」

「電話機本体にCaller ID表示機能が組み込まれたら、外付けアクセサリーはあっという間に需要がなくなっちゃうよ、きっと」

「分かりました。その辺の情報をとるように担当に指示します」

「チーバ君自身が客先に聞けばいいんじゃない?」

「ま、いざとなったらそうしますけどね。担当の顔もたてないといけないし、結構大変なんですよ」

「だったら、コーラー社とミーティングをセットしようよ」

「そっか、そうですね。その方向で考えます」

顧客から、必要な情報が取れていたかというと、非常に不十分でした。顧客の中枢の情報にたどり着くためのパスが長いため、簡単には情報が取れないのが常でした。それに、そもそも客先自身もどのくらい需要が続くかなど分かっていないのです。

SS-Systemsでダニエルさんから社長を引き継いだ勝只勝社長は、社長就任後、2ヶ月の間にSS-Systems社内の状況を掴んで分析し、就任以来初めての組織改変を2月に行い、かなり思い切った事にトライしました。日本人赴任者のチーバ君をセールスマネジャーにしたのです。これまでは、セールスはローカルで日本人赴任者はリエゾンという構図でしたが、赴任者でもセールスをやるというチャレンジをする事にしたのです。これによって、顧客情報を少しでも早く、適確に掴むようにしたいという意図でした。

また、Liaison Departmentは発展的解消という事になり、経営企画部(Corporate Planning Department)を新設してLiaisonの一部機能を移管し、トム君がそのDirectorにおさまりました。リエゾン部に所属していた赴任者たちは、それぞれの機能に従っていくつかの部門に所属する事になりました。私はOperations部門に入って、ほぼこれまでと同様の業務を行っています。

コーラー社とのミーティングは翌週に行われました。セールス担当のREPとマネジャーのチーバ君に加えて、日本との調整のキーパーソンという触れ込みで私が出席しました。先方は購買のDirector とManagerのお二人で、ランチをともにしながらの打合せとなりました。そこで私たちは、ピッツァを頬張りアイスティーを飲みながら、Caller IDの売れ行きはどうなのかとか、今後の数量予測はとか、本体に組み込まれるのはいつか、など聞いてみたのですが、購買のお二人も十分な情報をもっておらず、有益な情報は殆ど取れずじまいでした。購買部門の方々が十分な情報を握っているかはその会社次第で、ダメな時はダメです。このような場合は会社の社長レベルにしか情報はない、或いは誰も分かっていない、と思った方が賢明です。

ランチミーティングはそれで終了となりました。

“分からない時は分からないんだよ、分厚くて炭水化物満載のピッツァには満足したよ、まいっか(笑)”的結末となりました。

オフィスへの帰り道、カリフォルニアの青い空はその日も青く、「明日も明後日も毎日青いだろうねえ・・・」 とチーバ君とお話したのでした。

 

 

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