連載小説 第107回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICを販売する米国現地法人のSS-Systemsへ赴任していましたが、夫の倫ちゃんのドイツ転職を機に、私もミュンヘンにある現法へ異動しました。ヨーロッパでは携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ液晶表示体と水晶製品のビジネスも統合される事になり、Edison Europe Electronics GmbHとして新体制をスタートしました。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第107話 トム君のスタート Vol 2

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の17年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売するアメリカの現地法人SS-Systemsへ赴任し、今度はヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。うふっ。そこへ、同期のトム君も赴任してきちゃいましたよ。そして我がEdison Semiconductor GmbHは業容も新たに新会社Edison Europe Electronics GmbHとしてスタート。絶好調です。

 

 

「なあ、舞衣子、オレ再婚する事にしたよ」

「え、え、え、え~? そうなの? 誰なの?」

「そんなに驚かなくたっていいだろ」

「で、で、で、誰なの?」

「ま、知ってる人だな」

「誰よ?」

「海ちゃんだよ」

「え、海ちゃん? 海外営業部の?」

「うん」

「え、いつからつき合ってたの?」

「まあ、割と最近だけど」

「いつからよ?」

「ま、いいじゃんか」

何よ、私に隠れて

「いや、隠れてた訳じゃないんだけど」

「ふうん、私にも言えなかったんだぁ」

「いや、だから今話してるだろ」

「ふうん。まあいいわ。許してあげる。海ちゃんかあ。そっかあ・・・」

「別にいいだろ、誰とつき合ったって」

「何よ、悪いなんてひと言も言ってないわよ」

「ああ」

「何よ、むしろ褒めてあげたいくらいよ、海ちゃんを選んだなら」

「え、そうなのか?」

「そうよ、海ちゃんでしょ?」

「そうだよ、海ちゃんだよ」

良かったじゃん

「ああ」

「ま、お幸せにね!」

 

髙橋海ちゃんは日本の海外営業部でアメリカ向けのオペレーションを行ってくれている女性で、課長島工作君の部下です。私とトム君がアメリカへ赴任した1989年の4月に入社したので、半年くらいは同じ部署で仕事していましたが、その後は日本とアメリカでそれぞれ仕事していました。しかし、アメリカ赴任者にとって、日本の海外営業部は元籍であり、母体は一緒という感覚ですので、とても身近な存在です。日本への出張もベースキャンプは海外営業部で、まずはそこへ顔を出すところから始まります。

「でも、いつの間に、トム君?」

「ま、今年に入ってから何回か出張で日本へ行っただろ」

「うん」

「その時に会うようになってさ」

「うん」

「ま、その急速に色々展開したという事で」

「ふうん。急速ねえ。海ちゃんねえ。どこが良かったのかな、トム君?

「ま、いいじゃんか」

「いい子だって事は分かってるけど、どこが良かったのかな、トム君?」

「ま、いいって(笑)」

「ふうん、私には教えてくれないんだあ」

「もう、勘弁しろよ、舞衣子」

「ま、私たちより10歳も年下だし、若くて肌も綺麗だし、そりゃ、かなわないよね(笑)」

「おいおい、何、張り合ってんだよ。舞衣子は舞衣子で倫ちゃんと結婚してるんだからいいだろ」

「あら、張り合ってなんかいません事よ。トム君は10歳年下のいたいけな子をその気にさせて結婚するってだけですわよね」

「おいおい、人聞きの悪い事言うなよ。その気にさせてとか、違うからな」

「あら、そうでした? でも、10歳下は事実でしょ?」

「それはそうなんだけど・・・」

「ダメよ、可哀想な事しちゃ」

「しないよ」

「ホント?」

「当たり前だろ」

「なら許してあげる」

「おいおい、舞衣子、君に許してもらう義理はないからな」

「ううん、私が許してあげるの。いいでしょ?」

「うん、ま、いいけど・・・」

トム君は私にとって長い長いつきあいなので、おこがましいのは重々承知なのですが、私が許してあげる、という気分になってしまったのでした。それに、かつてのかつてには、トム君を心憎からず思った事もあるのですから、ほんの少しだけですが、海ちゃんに灼けるという気持ちが心の片隅にあったとしても、世間の皆さまからご容赦頂けるのではないかと思うのです。

トム君もそんな私の心の動きを感じたのでしょう。じゃ、横山社長に報告してくるよ、と言ってその場を去って行きました。

いいなあ、結婚かあ、などとつい思ってしまいましたが、ご存知の通り、私は倫ちゃんと結婚6年目。楽しくやっていますので、何の不満もないのですが、自分もう39歳になろうとしていて、29歳の海ちゃんをちょっとだけ羨ましく思ったりもしたのでした。

でも、勿論、基本は祝福です。トム君もアメリカで独り身になってからは、それなりに苦労してきた事でしょうし、とりわけ、晴天のカリフォルニアから冬のヨーロッパへ転勤して一人で頑張ってきたのですから、その気持ちに寄り添ってあげるのが旧知の私がすべき事でしょう。

その後、トム君と海ちゃんは、8月には籍を入れて軽井沢へ新婚旅行にいき、10月に日本で結婚式を挙げて、南房総へまた新婚旅行に行ったそうです。

ビザの関係で海ちゃんはすぐにはミュンヘンへ来られませんでしたが、12月になってようやくやってきました。EEEのクリスマスパーティには初めて皆に紹介されて、晴れてトム君は2回目の妻帯者となったのでした。

当時は、1996年です。数ヶ月に及ぶ長距離恋愛者にとって通信手段は限られていました。今思えば、そんなに通信費を使わなくてもいいのに、と思ってしまいますが、殆どが国際電話です。電話代に何十万円もかかったそうです。

インターネットが家庭にまでは普及していなかった頃ですからね。今なら、ネット上の電話で海外だろうがどこだろうが、ほぼ無料で話せてしまう。それ以上に、SkypeやZoomで顔を見ながらお話できるというのが当たり前と思われるでしょうが、まだまだ技術は過渡期でかなりアナログな世界でした。

その時代をお二人は乗り切ってゴールインとなった訳です。あ、ゴールインじゃなくて、スタートラインに立ったと言った方が良かったでしょうか。だって、それからのトム君は以前の快活さを取り戻し、2回目の結婚生活を謳歌していたからです。

ホントに良かったね、トム君。

 

 

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