連載小説 第111回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。米国現地法人のSS-Systemsを経て、今はミュンヘンにあるヨーロッパ現地法人のEdison Europe Electronics GmbHに勤務しています。世界中で携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ液晶表示体と水晶製品のビジネスも統合され、更に大忙しです。そんな中、私にもとうとう子どもが授かって・・・。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第111話 シュバンガー X 2

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の17年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売しています。アメリカの現地法人SS-Systemsを経て、ヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。結婚7年目ですけど、うふっ。そこへ、同期のトム君も赴任してきて、Edison Europe Electronics GmbHとしてスタート。トム君は海ちゃんとご結婚となり、ますます張り切っているようです。私はと言えば、よわい38歳にして、とうとう妊娠しちゃったんです。うふっ。

 

「お~い、舞衣子~、うふふ

「何よ、トム君、うふふ、とか笑っちゃって」

「それがさあ、うふふなんだよ、うふふ

「へえ、うふふなんだあ」

「おお」

月曜日の朝、トム君が変な笑いを浮かべながら話しかけてきました。私もトム君に話をしようと思っていたところです。

「私もうふふなんだけどなあ」

「え、舞衣子もうふふなのか~?」

「そうよ、うふふなのよ」

「それは良かった。うふふ

「何よ、気持ち悪い。ちょっと、男がいつまでもうふふとか言ってるとキモいわよ」

(注)キモいという言葉はまだありませんでしたね(笑)。でも、そんな感じでした。

「それがさあ、舞衣子、聞いてくれよ」

「どうしたの?」

「実はさあ、とうとうその時がやってきたのだな」

「その時ってどの時なの?」

「今、この時なのだよ。まあ、長い事人生をやっていると、嬉しい事もあるって事だ」

「へえ、トム君っていつでも嬉しいんじゃなかったっけ(笑)?」

「おいおい、オレにも苦しい時もあれば、悲しい時もあるのだよ。そして、そういう時を乗り越えて嬉しい時があるのではないか?」

「ふうん。いつもおちゃらけてるから、トム君にそんな細やかな感情があるなんて知りませんでした事よ」

「あれれ、誤解してもらっては困るなあ、舞衣子くん」

「それって誤解かしら。ま、いいわ、許してあげても」

「いや、そう言われても」

「ねえ、それより、私の話聞いてよ」

「お、何かやらかしたか?」

「何、言ってんのよ。うふふなのよ」

「ん?うふふなのか?」

「そうよ、うふふなのよ」

「うふふ、という事は、おめでたい話なのかな?」

「そうよ、おめでたいのよ。何で分かるの? オメデタなのよ」

「え? おめでたいんじゃなくて、オメデタなのか?」

「はい」

「誰が?」

「私よ、私」

「え、舞衣子がオメデタなのか?」

「そうよ、悪い?」

「いや、悪い訳ないんだけど、そっか」

「何よ、少しは喜んでくれたっていいじゃない」

「あ、お、おお、オメデタおめでとう」

「ありがと。でも変よ、トム君。どうかしたの?」

「いや(笑)、びっくりしちゃって」

「悪かったわね。38歳にもなって妊娠なんかして」

「いや、そうじゃなくて、びっくりしたってのは、うちも子どもできちゃったからなんだ」

「え、何?もう一回言って」

「だから、うちもオメデタなんだよ」

「ええっ、トム君ちも」

「そうだよ」

「やったじゃん。相手は海ちゃん?

「当たり前だろ、海ちゃんが妊娠したんだよ。オレが妊娠したんじゃないぞ」

「へえ、そうだったんだ、うふふの訳って」

「そうだよ。だから、うふふなんだよ」

「そっかあ、良かった~。うん、良かったよ、トム君、うん、良かった、良かった」

「お、おお。ありがと、舞衣子・・・」

私だって、なかなか子どもができなくて、ちょっと焦る事もあったのですが、トム君も別れてしまったハルカちゃんとの間には結局子どもができないままで、早く子どもが欲しいという気持ちをずっと持ち続けていたのだと思います。

どうしてハルカちゃんと別れる事になってしまったのかは、夫婦の事ですから第三者には分かりません。勿論、ずっと聞かないでいますが、トム君もハルカちゃんもどちらもなかなかオメデタにならず、残念だったに違いありません。

そう考えると、海ちゃんと再婚して、すぐに子どもができたトム君が最上級レベルで嬉しかった事は当たり前です。私はトム君たちのオメデタを自分の事のように喜びました。自分の事は勿論それ以上に喜んでいたのですが。

「ねえ、トム君」

「ん、何だ、舞衣子」

「良かったわね」

「あ、ああ。ありがと。それより、舞衣子もすごいよ、良かったな」

「うん、ありがと」

「当面、お互い大事にしないとな」

「うん、絶対大事にしなきゃね」

「予定日はいつなんだ? うちは10月だけど」

「私も10月だよ」

「そっかあ。同じ頃だな」

「うん」

「ドイツ語でなんて言うんだっけ?」

Ich bin schwanger

「そっか、シュバンガーか」

「うん」

シュバンガー X 2 だな

「うん・・・」

「良かったな」

「うん・・・」

「どした、舞衣子?」

「うん・・・」

これまでの自分の事と、色々あったトム君のこれまでを思い返すと、私は何だか言葉にならなくなってしまって、相づちを打つのが精一杯でした。

海ちゃんも私も、つつがなく10月を迎えられますように・・・。心からそう願わずにはいられませんでした。

 

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