連載小説 第110回 4ビットAI内蔵 “詠人舞衣子” の思い出

Momoe Sakurada
ペンネーム
桜田モモエ

<これまでのあらすじ>

サイコーエジソン株式会社の詠人舞衣子(よんびとまいこ)です。訳あって4ビットAIを内蔵しています。心理学科卒文系女子ながら先端技術製品のICの営業に携わっています。米国現地法人のSS-Systemsを経て、今はミュンヘンにあるヨーロッパ現地法人のEdison Europe Electronics GmbHに勤務しています。世界中で携帯電話の普及というビジネスの波が起こっていました。我々の半導体製品もその波に乗って大忙しです。そこへ液晶表示体と水晶製品のビジネスも統合され、もっと大忙しに・・・。

(日本半導体の栄光と挫折?『詠人舞衣子』総目次はこちら

 

第110話 アレがないー

 

私、詠人舞衣子(よんびと まいこ)は、サイコーエジソン株式会社の17年生。文系ですが技術製品(半導体)を販売しています。アメリカの現地法人SS-Systemsを経て、ヨーロッパの現法へ異動しました。ドイツのミュンヘンで倫ちゃんとの新しい生活がスタートです。新婚さんみたい。結婚7年目ですけど、うふっ。そこへ、同期のトム君も赴任してきて、Edison Europe Electronics GmbHとしてスタート。トム君は海ちゃんとご結婚となり、ますます張り切っているようです。

 

さて、前回、この年には私にとってもトム君にとっても一大イベントが起こるなんて宣言しちゃったんですが、そもそもこの1997年ってどんな年だったんでしょうか。

ダイアナ元イギリス皇太子妃が車の事故で亡くなったという年です。チャールズさんとはうまく行かなかったようで、残念な最期でした。

COP3が京都で開催され、京都議定書が採択された年でもあります。この頃、ようやく世界的に温暖化対策を進めなければという気運が高まってきました。京都議定書はアメリカが批准していなかったので、十分な効果はあったとは言えませんでしたが、その後の世界に大きな影響を与えた事は間違いありません。世界の全部の国が参加した2015年のパリ協定へと続いていきます。

日本では、山一証券の破綻が起きました。1990年のバブル崩壊の影響が数年かけてやってきました。結構な衝撃だった事を覚えています。

 

さて、そんなある日、私はとうとう、ある変化に気づいたのでした。

「倫ちゃん、倫ちゃん、ねえ、倫ちゃん」

「どうしたの舞衣子、3回も名前を呼んで(笑)」

「あのね、来ないの

「何が?」

「決まってるじゃない、アレよ」

「アレか」

「そうよ」

「というか、アレって何、舞衣子?」

「だから、アレ」

「アレ?」

「アレよ」

「アレが来ないの?」

「そう、アレが来ないのよ、倫ちゃん」

「えっ? という事は?」

「という事は~?」

「もしかして、もしかしてる?」

「まだ、分んないけどお」

「じゃ、早く調べようよ、舞衣子」

「じゃじゃ~ん。私、テスターを購入してきてしまいました」

「おお、素早い」

「楽しい事は素早いのよ」

「じゃ、舞衣子、テストしてみてくれよ」

「うん」

という訳で、私は早速、検査をしてみたという次第でございます。

ま、倫ちゃんに話す前に一人でも検査できるのですが、お話してからの方がステキなような気がして、そうしたのでした。だって、分かち合った方がいいでしょ、こういう事は、ね(笑)。

でもって、その結果は?

見事に陽性です赤ちゃんができたっぽいです。

「舞衣子、すごいぞ~。すごいぞ~」

「倫ちゃん、すごいね~。すごいね~」

ふたりとも大喜びだったのですが、ぬか喜びだったりするといけないので、病院へ行く事にしました。

徒歩圏内にある婦人科を調べました。ドイツでは産科と婦人科は別になっています。ちょうど近くに女医さんの婦人科医院を見つける事ができたので、倫ちゃんと二人で行くことにしました。

ドイツの病院は大体がステキな雰囲気を大切にしているので、リラックスムードで医師の先生と面談するようになっています。若くてステキな女医さんが超音波でおなかの中を診てくれました。

果たして、私のおなかの中には、いましたいました、チビッコがいました。ウルトラシャーデ(超音波)によって見える画像はモニターの中で白くうごめいています。これが人類だなんて、何だか不思議な気持ちです。しかも、ただの人類じゃなくて、自分の分身だなんて、すごーい!

倫ちゃんもワクワクしている様子で、モニターを食い入るように見つめています。

「ケルヒャー先生、この子は何週間でしょうか?」

倫ちゃんが聞きました。

「大体、12週くらいね。そもそも、したのはいつかしら?」

「は?」

「だから、いたしたのは?」

「あ、はい、いつだったか?」

「覚えてないのかな?」

「あ、ええ、一度だけではないと思うので・・・」

「あら、いいわね」

ケルヒャー女医は結構ぐいぐい攻めてきます。

「ま、いいでしょ。今度は書いておいてね」

「はあ・・・」

今度と言われても、随分先の事だと思うのですが(笑)

「ところで、ケルヒャー先生、男の子か女の子か分ります?」

私は聞いてみました。

「あら、知りたい? でも、まだ分からないの、うふ」

「ですよねえ。まだ12週ですもんね」

「ま、14~15週あたりから分かったりするんですけどね、付いてる場合は

「付いてる場合?」

「付いてるでしょ、うふ」

「あ、ああ」

どうやら、先生は男子に付いているモノを言っているようです。

「ちゃんと知りたいなら羊水検査ってのあるわよ、受ける?」

「羊水検査?」

「ええ、あなたのおなかから羊水を取ると染色体が分かっちゃうのよ。そうすると男女の違いが分かるでしょ?」

「あ、はい」

「XYなら男の子、XXなら女の子ね」

「なるほど」

「それと、染色体異常がないかチェックできるわよ」

「染色体異常ですか?」

「そう、ダウン症とかね」

「はあ・・・」

何だか難しい話になってきました。

「事前チェックする人も多いわよ。0~1%未満の割合で検査による流産のリスクがあるけど、それとは無関係に後で流産する率の方が圧倒的に多いわね」

「はあ・・・」

ドイツでは当たり前の羊水検査らしいのですが、我々は事前勉強が足りていなかったため、どうしたらいいものか迷ってしまいました。

「どうする、倫ちゃん、羊水検査する?」

「いやあ、難しいなあ・・・」

色々、難問が降りかかってくると、やはり初心者には即断即決ができにくく、この件は次回持ち越しとなってしまいました。

よわい38歳にして新米の妊婦になった私ですが、これからちゃんと勉強して出産に備えようと思います。ちょい高齢なので、気を付けなくてはならない事も多いんですよね。

さてさて、無事に子どもは産まれてくるのか?

まだまだ先は長いようです。

 

第111話につづく

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