Literature watch returns (1) 進化するSDR連載、トラ技、CQ出版

SDRで検索すれば、IMFの「特別引き出し権」が真っ先にヒットします。しかし、新旧「ラジオ少年」どもの群れ集う一角では違います、SDR=Software Defined Radioです。デジタル回路の高速化のお陰で、無線送受信機の機能の大部分をソフトウエア定義のデジタル処理で実現できるようになりました。応用も広がっており、注目の技術ではあるのですが、いざ素人が勉強しようとすると、入門用にちょうど良い文献が少なく難渋します。そんな中、CQ出版社の出版物にはお世話になるのですが、このほど「また」SDRの連載が「トランジスタ技術」で始まっています。この分野の技術の「進化」が読み取れる連載です。

※『Literature Watch Returns (L.W.R.)』の投稿順 index はこちら

CQ出版社は無線にかかわりそうな分野で複数の媒体を持たれています。元々アマチュア無線の出版社から出発して、エレキ分野全般に対象を広げてきたので当然ともいえます。出版社全体としては、SDRは各種媒体で幾度となく取り上げてきたテーマではないかと思います。今回取り上げさせていただいた「トランジスタ技術」(通例に従い以下「トラ技」と略させていただきます)でも例外ではありません。私が知っている中では

2014年9月の「特集 全開! フルディジタル無線」

という特集がありました。合計80ページ以上を一挙掲載と内容が充実している上、この企画と連動したSDR無線実験機のキットも販売されていました。相当に力の入った企画でした。著者は西村芳一さん、無線系の本などを何冊も書かれている、この業界の偉大なエンジニアのおひとりであります。(私も西村さんの著書を数冊購入させていただいて勉強させてもらっています。)

この特集の無線実験機は、送受信を含み、信号処理用のBlackfin DSPと、制御用のSH2マイコンを含む非常に多用途な「実験機」です。それに対して本誌で説明されている内容は、どうしてもSDRの基礎/原理から説き起こす必要があったからでしょう、入門者が読んでも分かるような内容でした。私のような素人にはとても分かり易い記事で勉強になりました。しかし、実際に無線実験機をいじり倒して実験などしようと考えるならば、記事には書かれていない膨大な知識と、やる気、根気がないとな~とも感じました。当然、本格的な送信側の機能を使いたい場合には自分で電波法もクリアしないとなりません。読む人にもよりますが、入門用の記事と実機のギャップを埋めるためにはこの記事より一桁上くらいの分量の解説が必要と想像しました。

これに対して、今回の連載は、レシーバ限定、SDRの中核部分はすべてFPGA(アルテラ)で実現、制御用のマイコン基板としてはRaspberry Pi系ボードの流用と実験ボード自体の敷居はかなり下がった気がします。そしてこれを解説してくれるのは、これまた、業界の偉大なエンジニアのおひとりである林輝彦さんです。林さんご自身のご専門は半導体のCAE分野だと思うのですが、無線にも造詣が深く、CQ出版の出版物でSDRネタを過去にも書かれています。

2007年 デザインウエーブマガジン7月号付属FPGAボードで試す
ソフトウェア・ラジオ

という記事です。ただ、残念なことにデザインウエーブマガジンは休刊になっています。林さんは、確かCQハムラジオ誌にもいろいろ書かれていた筈(コールサインつきで)。当時も今もネットで、あるSDRで使われるような定番の技術を検索すると、林さんの記事に必ずヒットします。

今回の連載を読んでいると、この10年以上前のSDRの記事以来、ずっとSDRを研鑚されてきたのだ、ということが分かる記述が随所にあります。例えば、トラ技1月号、P.148図4、図5、図6です。十年前から使ってきたという旧NCOと、今回のために新開発されたらしい新NCOの誤差を比較検討されているのですが、一目瞭然、新NCOの特性の良さにはビックリします。素人的には普通に旧NCOレベルのものを理解するだけでも結構アップアップだったりします。しかし、この連載では定石通りの旧NCOから、その問題点とその改良方法を包み隠さず説明し、改良された新NCOの実現が丁寧に説明されているので、分かる気になってしまいますね。

真似すれば、なんとかなるじゃん

と変な自信がついてしまいます。

この連載記事は、トラ技の2018年11月号から開始されています。ネタばれにならない程度に内容を紹介すれば

    1. 2018年11月号 第1回 なぜ、アナログ無線でなく、デジタルなのかその利点を説明。一方的にデジタルを持ち上げるのではなく、アナログの難しいところを分かり易く説明したところで、デジタルによる解決の道筋をしめされています。アナログ愛が感じられます。
    2. 2018年12月号 第2回 デジタル化しても最後に残るアナログフロントエンドについてその設計を説明。ここの設計の考え方は目から鱗的なものがあります。ついデジタル屋が陥りそうな問題点を指摘しています。
    3. 2019年1月号 第3回 NCOを中心にSDRのデジタル処理部分に入ります。デジタル処理といっても、やること、やれることは沢山あることが理解できます。NCOというとこの記事みたいな再び「定番化」する予感がする記事です。

まだ2月号は購入できてないので購入させていただく予定。

1箇所だけ2018年11月号から引用させていただくと、

“1980年初め、ラジオ少年だった私は”

これにはちょっと異議ありますね。私の推計では1980年初めには、林さんは少年というカテゴリには入らないのでは。「元少年」あるいは「青年」くらいじゃないですか。

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